すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「室温」 ニコルソン・ベイカー (アメリカ)  <白水社 単行本> 【Amazon】
週に二日、医学映像会社のテクニカル・ライターとして働き、あとはテレビCMの評論文で収入を得ている マイクは、広告代理店に週三日働いている妻パティの留守中、郊外の小さな家で、六ヶ月になる娘の<バグ>に ミルクを飲ませていた。<バグ>にミルクを飲ませおえてベビーベッドに運ぶまでの20分間、マイクはいつも のように身のまわりの愛する物たちについて、家族との楽しい思い出について、幸せな考察を繰り広げた。
にえ 私たちにとっては2冊めのニコルソン・ベイカーです。
すみ 前に読んだ「中二階」では、エスカレーターに乗って自分のオフィスに向かう サラリーマンの頭のなかを駆けめぐる考察の数々を披露してもらったけど、今度は赤ちゃんを寝かしつけるまでの 20分間の考察、どちらも短い時間のなかの、ストーリーらしきものもない、エッセーのような、小説のような、 不思議な味わいのお話だよね。
にえ 内容のタイプとしてはほぼ同じだよね。ピーナッツバターの瓶とか、文章のなかの コンマとか、そういう見慣れすぎて意識もしなくなったような存在について歴史を語ったり、その機能美がいかに素晴らしいものか 説明したり、それにまつわる思い出を語ったり。
すみ 「中二階」は主人公がサラリーマンで、会社とかの話が多かったけど、 「室温」は若いお父さんが主人公で、家庭、家族の話が中心だったよね。
にえ うん、思い出話に関しては、ちょっとホロッとするような話が多かったしね。 コンマの打ち方が間違ってると指摘して、母親を泣かせてしまったときの思い出とか、妻とはなにをきっかけにして、 よりうち解け会える関係になれたとか。
すみ 日常のありふれたものが主人公のこだわりや愛着をじっくり聞かされて キラキラ輝いて見えるようになる、独特の心地よさは同じだけど、こっちは家族愛がテーマの中心になってたかも。
にえ 夫婦の話はかなり赤裸々だったよね。トイレに大きいほうをしに行くときに、 「これから大仕事をしてくる」なんて言い回しをしだしたところからはじまって、ちょっとギョッとするようなことまで 見せあったり告白したり。
すみ そうか〜、夫婦ってのはここまでさらけ出すのか〜と驚いたよね。
にえ まあ、どの夫婦もこんなふうだって言うんじゃなくて、こういう愛し合い方を している夫婦もいるよってことだと思うけど。
すみ 私はそれほど、それぞれの夫婦がどういう愛し合い方をしてるかなんて、 それほど細かく文章で読んで知りたいとは思わないんだけど、ニコルソン・ベイカーが語ると、ベタベタ感がないのに 詳細で、どこか個性的で、興味津々で読めるから不思議よね。
にえ 主人公の性格はほぼ同じだったけね。どんな人かって言えば、この本の主人公のマイクは、 自動コイン仕分け器のコレクションが趣味らしいの。そういう物に深い興味を覚えて、なおかつそこに美を見つけて感動し、 集めようとまで思うような人。
すみ 機能美ってものにメチャメチャこだわってるよね。最初のうちは何にでも 感激する、ただのお人好しの感激屋なのかと思ったけど、読んでいくと、かなりこだわりが強くて、我が道を行ってる人だって わかってくる。
にえ 有名な画家の描いた絵画なんかは見ても、ぜんぜんいいと思わないし、 どこがいいのかさっぱりわからないって言うんだから徹底してるよね。
すみ 美術館の絵よりも、ピーナッツバターの容器のほうに感動をおぼえる んだから、変わっているといえば変わってるけど、読んでると、そういうところに美を見つけられなかった自分が悔しくなるな〜。
にえ 独特のセンスで身のまわりにある当たり前の物、ひとつひとつの 存在意義を徹底的に分析して、そのうえで、なんと無駄なくすぐれた物なのだろうと絶賛する、その姿勢がいいのよね。
すみ でもさあ、「室温」は出てきた物としてはピーナッツバターの瓶やら スーツに付いてるカラーの縫製カードやら、私たちにはあまり馴染みのないものが多かったから、「中二階」 ほど、ニヤついて読めなかったよね。
にえ でも、メインのテーマは深くて、より考えさせられたんじゃない? 父親ってなんだろう、 母親って何だろう、夫婦って何だろうって考えさせられる。
すみ そうそう、マイクのお母さんが良かったよね。マイクが思春期で、あんたと血がつながってると 思われるのがイヤだから一緒に歩きたくないなんて言っても、おもしろがって、ちょっとふざけながら前を歩いていく、そういう気持ちに ゆとりのある人で。
にえ マイクが幼い頃、こっそり母親の財布からチョッピリお金を盗んじゃった話は ドキドキさせられたね。身に覚えありで(笑)
すみ あとさあ、「中二階」は脚注が本文より多いかなってぐらい大量に入ってたけど、 こっちは脚注なしだから、よりサラッと読めたよね。
にえ それにしても、コンマについては、熱く熱く語られてたよね〜。この本の一番盛り上がるところが コンマの話だったし。コンマを交響曲なみに重厚に語りつくしてたよね。
すみ ストーリーもなくて、エッセイとも少し違う。好みは分かれそうだけど、 日常にスポットを当ててキラキラと輝かすこの感覚、良いですよ〜。