すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「石のハート」 レナーテ・ドレスタイン (オランダ)  <新潮社 クレストブックス> 【Amazon】
両親が子供たちを殺し、自らの命も絶った。助かったのは、エレンとカルロスという2人の子供だけだった。 そんな悲惨な事件があった家に、エレンは妊婦の身で一人、戻ってきた。あれは、もう30年近く前にあった 出来事だ。広い自宅でアルバイトを雇い、新聞や雑誌の切り抜き業を営むファン・ベメル家は、心から愛し合う夫婦 フリッツとマルヒェのもと、長女ビリー、長男ケスター、次女エレン、次男カルロスの4人の子供が幸せに 暮らしていた。15歳のビリーはおしゃれな美しい少女、ケスターは手が器用で優しい少年、12歳のエレンはとびきり頭がよく、 3歳のカルロスは「なぜ」を繰り返すかわいい盛り。そんななか、母はさらに妊娠して三女のイダを産んだ。 上の4人はみな健康な子供だったのに、イダはミルクを吐いてばかりいた。それを心配する母の行動は、少しずつ常軌を逸していった。
にえ この本は簡単に言えば、過去の暗い出来事に囚われたまま生きてきた女性が、やっと 過去を振り返って頭のなかですべて再現し、これから自分の生きる道を見つけようと模索する物語。
すみ う〜ん、そういう説明のされ方をすると、ああ、ああいう感じか〜と勝手 に頭のなかでだいたいのイメージを想像しちゃうんだけど、それよりははるかに良かったよ。
にえ うん、こういう話独特のベタつき感みたいのがなくって、かなり冷めた文章、 冷めたストーリー運びになってるところがまず良かったよね。作者が大人だな〜って気がした。
すみ 主人公が臨床医というインテリ女性で、しかもかなり大人な年齢だったから メソメソ泣いて告白して誰かに頼るってこともなかったし、その主人公を見下ろしている作者の目も客観的で冷めてて、 同情っぽい記述がなかったからね。
にえ 少女だった過去には誰の助けも得られなかったし、現在も頼ろうと思えば 頼れるような相手にも頼ることができなくなっていて、そんななかで自分の過去に自分だけで立ち向かおうとしている 姿が私には心地よかったな。
すみ 見方によってはかなり依怙地な女性だからねえ、自分が苦しんでるからって 理由で他人に優しくできないタイプだし。こういうタイプはもう全面的に許せないって読者だと、理解する前に嫌悪を抱いちゃうかも。
にえ 作者は一緒に作家を目指していた妹に自殺されちゃった過去を持つ人らしくて、 今まで書いた作品もこの小説も、現実にあった事件をもとにして書いてるそうだから、かなり強く自分なりの哲学みたいなものを 持ってる人とお見受けしたけどね。
すみ ストーリーとしては、過去と現在が交差しながら進んでいくんだけど、 大きく分ければ3つだよね。
にえ まずは現在。夫と別れ、妊娠した身で、昔住んでいた家を買い取って 住みはじめたエレン。事件の時にファン・ベメル家でアルバイトをして、エレンとカルロスを地下室から救い出すことになる 青年だったバスとの再会、それに暴力をふるう夫から子供を連れて逃げてきたルシアって女性との交流があるのよね。
すみ さらにエレンの頭の中には、成長しないまま住みついているビリーとケスターって いう存在があるよ。
にえ 現在のエレンは、死んだはずの姉と兄、ビリーとケスターの言いなりになって 生きているような状態なのよね。おまけに自分のお腹のなかの子供をイダなんて死んだ妹の名で呼んでるし。
すみ こんな状態で子供を産んで育てるつもりなの?!って、読みはじめは かなり不安を感じたな。
にえ それから、蘇ってくる12歳の頃の思い出でしょ。無口だけど、妻や 子供たちを心から愛している父親フリッツと快活な母親のマルヒェ、あんまりお金もなさそうだし、 子供たちは反抗期だったりもするけど、とりあえずは幸せそうな家庭。
すみ そこから少しずつ悲惨な事件が起きるような不幸な状況まで、滑り落ち ていくのよね。出産後に言動がおかしくなっていく母親と、なにもできずに待つだけの父親、家庭の外の人間に助けを 求めようとするけど、どうにもならない12歳の少女エレン。思い出していく過程で、謎だった部分も少しずつ解き明かされていくのよね。
にえ エレンはかなり生意気な少女だよね。頭がよくて自分の言いたいことを 難しい言葉を使って表現することもできる。それだけに、しょせんは12歳の少女って限界が悲しさを増してた。
すみ 12歳の少女に大人が、なんか母親の様子がおかしいんです、両親の関係もうまく いってないんです、なんて相談されても、今ならまだしも30年近く前ではまともにとりあえってもらえなくて当然なんだよね。 子供は無意識のうちに両親をかばい、家庭内の秘密を漏らすまいとする傾向、いわゆるファミリー・シークレットの問題もあるからねえ。
にえ それから、事件後にエレンとカルロスの二人が行った施設でのこと。 これがまた、現在から見ると不手際きわまりなくて、かえってエレンを傷つけるようなやり方ばかりで焦れったくも なるのだけれど、30年前だと、たしかにこんなものだったろうね。
すみ この小説のなかでも、出産後にホルモンのバランスがおかしくなって精神に 異常をきたすって、それだけのことも30年前の精神医学ではわかっていなかったって記述があるけど、 ホントにそうだよね。子供とか、女とかの独特の問題にスポットが当てられたのなんて、つい最近。
にえ そういう知識がないばかりに起きた悲劇なんて、挙げていったらきりが ないだろうね。そういう問題提起もしている小説だと思う。
すみ エレンもいろんな精神科でカウンセリングを受けたけど、ぜんぜんプラスに なってなかったもんね。作者もいろいろあってかなり批判的になってるんだろうなって気がした。
にえ ここまで来たら、もうちょっとエレンの強さを見せつけるようなラストでも 良かったのになとは思うけど、全体としては淡々とした運びも、説明しすぎてないのに視界が開けていくような展開も、 なかなか良かったよね。
すみ うん、疑問に思う点もいくつかあったけど、なんといっても冷めた描写に 迫力があって押し倒されたって感じで、それなりに小説世界がきちんと成立してたから、これはこれで良かったんじゃないかな〜。
にえ ただ、短くて読みやすかったけど、癒される〜って話ではないし、登場人物の呼び名が やたらと変わる面倒さもあるから、誰にでも勧められる本ってわけではなかったよね。
すみ 暗い話だったしね。小説としてはとても上質だとは思うけど、お好みでどうぞってことで。