すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「重力の虹」 T・U  トマス・ピンチョン (アメリカ)  <国書刊行会 単行本> 【Amazon】
V1ロケットはキーンと音がしてからドカンと落ちる。しかしV2ロケットはドカンと落ちたあとに、 キーンと音が追ってくる。だから、だれにもどこに落ちるか予測ができない、はずだったのに、第2次世 界大戦も末期のロンドンで、おかしな現象が発見された。アメリカ軍中尉タイローン・スロースロップは なぜだかモテモテで、次から次へととっかえひっかえで女性と床をともにしていたのだが、自室の地図に 女とやった場所を記録しておく妙な癖があった。それぞれの女を色で表わし、日付をつけた星形のシール を貼っておくのだ。このシールの位置と、後日V2ロケットが落ちる場所が、なぜか完璧に符合しているの である。当局の<超能力セクション>はさっそく調査に乗り出すが、V2ロケットとダメ男スロースロップ に、どんな因果関係があるというのか。
にえ やっと読みました。ピンチョン作品の中で、今のところ一番難解だと だれもが言う、「重力の虹」でございます。
すみ 難解というより、話が膨らみすぎていくから、ついていくのもきつかったね。 読み終わっても、疑問がたくさん残ったし。
にえ とりあえず、SFって言われてるから、スペースオペラ的なSFを かってに想像してしまってたんだけど、それは違ってたね。
すみ またかい!と言いたくならないでもないけど、またまた軍隊から話が はじまってたね〜。
にえ 軍隊と麻薬は、ピンチョンとは切っても切れないものだから、しょうが ないのかもね。両方好きじゃない私としては、違ってたほうがありがたかったけど。
すみ ピンチョンの描く軍隊風景は、いつもダラけてて、みんなでワイワイと ろくでもないことをやって大騒ぎをしてるって感じなんだけど、これもそうだったね。スロースロップなんて 私には、任務もこなさず遊び歩いてるだけって気がしたんだけど。まあ、ピンチョンの書く軍人がまともに働いてたことはないね(笑)
にえ とにかくなぜだか知らないけど、ロンドンに駐在するアメリカ軍の中は 美女だらけ、スロースロップはナンパにはげみ、ひたすら地図に星シールを増やしていくのよね。
すみ それを探るのが軍人仲間のテディ・ブロート。ブロートは当局の<ホワイ ト・ヴィジテーション>に設置された、PISCES(降伏促進心理諜報計画)のなかの<超能力セクション> の支持を受けて、スロースロップとV2ロケットの関係を探ってるみたいなんだけど。
にえ <超能力セクション>はなんだか変な研究室なんだよね。ちょっとした超能力者が いたり、降霊術をやる霊媒師がいたりして。
すみ んでもって、とうとう何らかの能力がありそうだと認定されたスロースロップは 罠にはめられ、いつのまにやら仲間はいなくなってスパイだらけみたいな中にいることになって、ほとんど軟禁状態みたいになっちゃうのよね。
にえ そこで知り合ったのが謎のオランダ人美女カティエ。どうやら二重スパイらしい んだけど、なに考えてるんだかわからない、不思議な女性で、あとからまたいろんなところにつながってるのが わかったりもするの。ダメ男と最後まで崩れない女の組み合わせは定番だね。
すみ そのうちになぜかスロースロップを軟禁状態にするのは経費がかかりすぎるって 話で、スロースロップは逃げ出したような、世間に放り出されたようなことになって、そこからはロンドンからリヴィエラ、 チューリヒ、ドイツへと、スロースロップはさすらいの旅。
にえ スロースロップは金を稼ぐためにおかしな任務を与えられたり、気球に乗って 国境を越えたり、豚の着ぐるみを着て走りまわったり、なんだかまあ、冒険活劇みたいなことになっちゃうのよね。
すみ そのかんに、<黒いロケット>を建造しようとする、ヘレロ族の集団<黒の軍団> と接触があったり、スロースロップがなぜV2ロケットに反応するようになったかという父親がらみの出生の秘密が わかったりするんだけどね。
にえ <ホワイト・ヴィジテーション>の連中も、スロースロップを解放したわけではなくて、 放牧状態で監視しようと思ってたわけだから、しつこく追い回してくるし。
すみ もちろんピンチョンだから、ストーリーは進行させつつ脱線につぐ脱線で、エピソードやら、 あふれかえる知識やらが随所に披露されてるわけなんだけど。
にえ 個人的には、V2ロケットを発射するドイツ側のロケット工学者ペクラーのエピソードが とびきり光ってるように感じたな。妻と娘をキャンプに収容されて、二人を助けるために働いてるようだったんだけど、 だんだんと破滅的なところへ自分からすすんで導かれていってしまうの。自己喪失の流れが鮮やかで美しかった。
すみ 私はスロースロップが放浪の旅の最中に知り合ったドイツ人女優マルゲリータの話が好きだったな。 美少女アイドルからポルノ女優へと転落して、今なお過去から逃れられないマルゲリータには、おそろしい狂気が隠されていたのよ。この エピソードだけ短編で読んでもいいなあ。
にえ まあ、でも、ところどころがおもしろいにしても、全体としてはなかなか読むのが大変な小説だったね。
すみ なんかさあ、息が抜けないんだよね。ズッコケ活劇みたいなアクションシーンが長めに描写されてて 気を抜いてると、肝心の大事な出来事が最後に付け足しみたいにサラッと書かれてて、読み逃しそうになったり、どんどん拡がっていく ストーリーにもういいや状態で気を緩めそうになってると、いきなりひとつのところにまとまったり。
にえ それでなくても、いやがらせのように長いフルネーム、しかもご丁寧に渾名までつけた登場人物が、 重要人物なのかこの場限りなのかわからないまま、ドンドコドンドンと大量に登場するしね。
すみ 脱線は極端なマジックリアリズムみたいな描写がいきなりあるかと思うと、擬人化された電球の物語まで あったりして、麻薬やりながら書いたんじゃないかと思いたくもなったり、ときおり挿入される、三流の流行歌を真似たような変な歌の数々も、 深読みするべきなのか、笑って流していいのか、悩まされるし。
にえ 私が一番悩むのは、精神医学のパブロフ派から、タロット占いの知識からロケット工学やら なにやらかにやら、めいっぱい詰め込んでくれてあるけど、読めば読むほどこの人の知識って、どれもが深いわけじゃなくて、 深い知識があるものと浅い知識しかないものをごちゃ混ぜにして提供して、こっちにわからないようにしているような気がして ならないから、だまされまいとつい疑りながら肩に力を入れて読んでしまうことなのよね(笑)
すみ そうそう、読んでも、読んでも、この人って怪しいよね。私はどうも 両手放しで賞賛することはできないわ。なんか疑っちゃう。好きになりそうになるけど、なんか好きになると、 お尻ペンペンとかやられそうで、用心しちゃうのよね〜。そこがまたおもしろくて読まずにはいられないんだけど。
にえ でも、また新刊出たら読んじゃうでしょ。
すみ 読む、読む(笑) なんだろうね。けっきょくは単純に、下品でハチャメチャな言動を とりながらも、妙に純でおセンチなところをかいま見せ、内省的で繊細なところもあったりする登場人物の魅力にはまっている だけなのかもしれない。やけにホロッとさせられるんだもの。
にえ それにしても、わからないところが多かった。特にわからなかったのは、途中途中でやた らと、この人とこの人が同一人物でないと、なぜ言えるだろうみたいな記述があるんだけど、それがなにを意味してるのかわからなかった。 どう考えても同一人物とは思えない人たちなんだけど。単に本質的な部分が同じだってだけのことなのか、なんなのか、なぜあえて それを書いているのか。
すみ 私も部分、部分でわからないところが山ほどあったけど、キリがないから、いずれまた読むってことで 保留にするわ。とにかく、ピンチョンをこの本から読むのはきついでしょうってことで。