すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
「舞踏会へ向かう三人の農夫」 リチャード・パワーズ (アメリカ)    <みすず書房 単行本> 【Amazon】
1914年、プロイセン、ラインラント地方の5月1日、ペーター、フーベルト、アドルフィの三人の青年は、 五月祭の行事に参加しようと、ぬかるんだ畦道を歩いていた。そこに、ゲートル姿の中年男が声を掛けてきた。 名前はアウグスト・ザンダー、ドイツの偉大な写真家である。ザンダーは三人の姿をカメラに納めたいと言う。 そして、この一枚の写真のために、1984年に『マイクロ・マンスリー・ニューズ』という地味な業界紙の編集にたずさわる 青年ピーター・メイズが、さらに現代においてこの私が、数奇な運命をたどることになるとは、このとき誰も知るよしはない。
にえ これはまた、なんとも不思議な小説だったよね。けっこう読みづらかったけど。
すみ もともとは、この本の表紙にもなっている、ドイツの写真家アウウスト・ザンダーが 1914年に撮影して、今はデトロイト美術館に展示されている一枚の写真からパワーズがインスピレーションを得たというか、 想像のおもむくままにこの写真を語り尽くしたというか、そういう話なのよね。
にえ 白黒の写真で、ステッキをもって帽子をかぶり、黒っぽいスーツを着た三人の青年が、 先には平地が続いているぬかるんだ田舎道で、写真のほうを見て立っている写真。たしかになんとも印象的かも。
すみ もともとザンダーは、こういう庶民たちの姿を映した写真をまとめて、写真集を作ろう としてたらしいんだけど、ナチスドイツの弾圧のために計画は頓挫しちゃったみたい。
にえ その写真の三人に、まずパワーズは名前を与えたの。右のまじめでおとなしそうな青年がアドルフ・シュレック、 真ん中のちょっと皮肉な笑みが口元に浮かんでいる青年がペーター・シュレック、左のいかにもアウトロー的な雰囲気が漂っている青年がフーベルト・シュレック。
すみ 三人はちょっと変わった関係なんだよね。フーベルトはもともとオランダで私生児として生まれたんだけど、 母親はフーベルトをペーターの母親に押しつけちゃっう。ペーターの母親はヤン・キンダーって軍人の愛人なんだけど、ヤンが死んだら、ヤンとのあいだに生まれた ペーターと、もらった子のフーベルトをドイツに住んでいるヤンの本妻に押しつけちゃう。その本妻の子供がアドルフで、こうして三人はドイツで一緒に住んでいるという関係。
にえ 日本でもそうだけど、ヨーロッパでも昔は子供のやりとりが、けっこう気軽に行われていたみたいだよね。
すみ 今は子供を尊重する子供社会だけど、昔は大人の生活を第一に考える、完全な大人社会だからねえ。
にえ で、1914年といえば、忘れちゃいけない第一次世界大戦開戦の年、三人も戦争に巻き込まれていっちゃうというわけ。
すみ 三人はバラバラになって、それぞれ数奇な運命をたどるのよね。とくにペーターは途中で他の人間と入れ替わって、 写真の農夫然とした姿からは想像できない仕事に就いちゃって。
にえ でも、話はその一本じゃないのよね。平行して三本の物語が進んでいくの。
すみ もう一つの話は、1984年に『マイクロ・マンスリー・ニューズ』という地味な 業界紙の編集にたずさわるピーター・メイズという青年の話。ピーターは女優サラ・ベルナールを演じる赤毛の古風な美しい女性に 一目惚れして、彼女を捜すことになるのよね。
にえ それから、じつは自分があの写真と深いつながりがあり、あの自動車王フォードにまで つながっていくということを発見するにいたるわけだ。
すみ 最後のひとつが現在の、語り手である私の話。私は仕事探しでデトロイトを訪れて あの写真に深い感銘を受け、三人が何者なのかを探りはじめるの。
にえ 就職先で知り合った掃除婦のおばさんが鍵を握ってるのよね。おばさんは 私に、とても不思議な過去の話を語りだし、二人のあいだには不思議な友情が生まれる。
すみ で、その三本立ての話にまつわって、女優サラ・ベルナール、自動車王フォードを はじめとして、メキシコの画家リベラ、ニジンスキー、アインシュタインなんて有名人たちの人生まで紹介されていくのよね。
にえ 特におもしろかったのは自動車王フォードの話だな。フォードはあれほどの大会社を 設立しながら、無学で、しかも奇行のめだつ人だったらしくて、戦争をやめさせるために平和船なんてものを企画して人を引き連れ、 アメリカからヨーロッパに向かうんだけど自分自身が途中で逃げちゃったり、フォード銭なんて自分のレリーフ入りのコインを作って 流通させようとしたり、かなりおかしなことをしたらしいの。
すみ そのフォードと三人の農夫の青年、まったくつながらないような人と人がつながって、 話におもしろみを増すのよね。
にえ と、こうしてしゃべってると、スンゴイおもしろい話なんだけど、 読んでるあいだはけっこうクドクドしくもあり、なかなか読了までの道は長かったねえ。
すみ いかにもなアメリカっぽい軽さ、ユーモアがないんだよね。かといって、 エーコみたいなわざと行き過ぎてるみたいな突き抜けたおもしろさでもなく、かなり硬質的というか、拡がっていくわりには堅くまとまっていたし。
にえ この知識のつめこみ方は、濃いというより、重みのある感じがしたよね。 アメリカ文学好きな人より、ヨーロッパ系が好きな人のほうに受けそう。
すみ おもしろかったけど、読むときはけっこう覚悟が必要かな〜と思いました。