すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「ワンダー・ボーイズ」 マイケル・シェイボン (アメリカ)  <早川書房 文庫本> 【Amazon】
ピッツバーグの大学の英文学教授、創作クラスを担当している41歳のグレイディ・トリップは、今まで 3冊の小説を発表し、いずれも好評を得た作家だったが、今は前金をもらったにもかかわらず、書きはじめてから5年経っても話が 膨らんでいくばかりで書き上がらない「ワンダー・ボーイズ」にかかりきりだった。すでに仕上がっているだけでも、 すでに2611ページに達している。出版社をリストラされそうで、「ワンダー・ボーイズ」にすべてを託さなければならなくなった グレイディの友人である編集者テリー・クラブツリーは早く完成作を見せてくれとせがんでいた。しかし、グレイディは 三番目の妻エミリーが出ていき、愛人の学長夫人サラが妊娠したと打ち明け、自身は常習的に使っている麻薬のためか、体調を崩しはじめて絶不調。 しかも、パーティで偶然会った創作クラスの生徒ジェイムズ・リアーのために、のっぴきならない状況に追い込まれる。
にえ 私たちにとっては、3冊めのマイケル・シェイボンです。前の2冊は最近の 作品だったけど、この本はちょっと遡って、シェイボンにとってはデビュー作から2作めの長編。
すみ 映画化もされてるのよね。それに、前に読んだ「悩める狼男たち」に、オーガスト・ヴァン・ソーンと いうホラー作家が書いた小説って設定の短編が収録されてるんだけど、そのオーガストっていうのは、この「ワンダー・ボーイズ」 の登場人物なの。
にえ といっても、オーガストはストーリーにからんでくる登場人物じゃないのよね。 グレイディが子供の頃、家に下宿していたのがオーガストで、グレイディにとっては初めて見た作家の姿。話のなかにちょこちょこエピソードが 紹介されてて、キーワードのような役割を果たしてるんだけど。
すみ そのオーガストに憧れてってわけではないんだろうけど、グレイディは 大人になって作家に。デビューから3作めまでは高い評価を受け、まだ書いてもいない4作めに高い前払い金までもらったというのに、 作品は収拾がつかなくなってて、それでも、すがるように、とりつかれるように書きつづけちゃってるの。
にえ これはシェイボンの姿でもあるのよね。シェイボンも23歳で書いたデビュー作が ベストセラーになってからは文学界の寵児ともてはやされ、高い前払い金をもらって長編を書きはじめたけど、 収拾がつかなくなって、とうとうその長編は投げ捨てて、書き上げたのがこの「ワンダー・ボーイズ」なのだとか。
すみ オーガストはジェイムズ・リアーっていう学生のために、ちょっとしたトラブルに巻き込まれ、 四苦八苦するうちに自分と、執着しすぎて客観的に判断できなくなってた「ワンダー・ボーイズ」の真の姿に気づくことになるのよね。
にえ そういう作者自身を投影した小説っていう意味では興味深かったよね。ラストまで読んだら、 書きたかったこともわからないではなかった。でも、読んでるあいだがおもしろくなかったんですけど〜(笑)
すみ まず、長すぎるよね。前に読んだ「カヴァリエ&クレイの驚くべき冒険」は カヴァリエとクレイという青年二人の波瀾万丈の半生をつづった小説で、翻訳本では原書の三分の一の長さに縮小 されてるから、もっと長いものをゆっくり読みたいって思ったけど、こっちは逆に、たかだか2、3日の出来事なのに、 ダラダラと長い話で、もうちょっと縮めてくれよと思っちゃった。
にえ うん、文庫本で本文が480ページぐらいでしょ、せめて300ページ弱ぐらいだったら、 まだこの内容でも堪えられたよね。
すみ しかも、この長さの長編にしては、主人公の魅力がなさすぎるの。麻薬中毒で、 女にもだらしなくて、それでいて、これといった性格の特徴もなくてって、この主人公をどうやったら愛せるのか、 私にはわからない。
にえ 脇役も魅力がないよね。オーガストの親友、編集者のテリー・クラブツリーは同性愛者なんだけど、 情がなくて体だけ求めるタイプだから、ちょっと嫌悪感をかんじちゃう。
すみ オーガストの友達だって言いながら、あんまり友情も感じないみたいよね。友情よりも、 若い青年の体ゲットを優先しちゃって。たいして知的なところもないし、人間というよりもっと脳細胞の少ない動物みたいだった。
にえ ジェイムズ・リアーってのがまた、あとちょっとなんだけど、魅力に欠けたよね。 嘘つきで、手癖が悪くて、でもナイーブで、心から映画を愛してて。これで媚びまくる男娼のような性格じゃなくて、もうちょっと ストイックさがあれば、ジェイムズ・リアーにこだわるオーガストの気持ちももうちょっと理解できたんだけど。
すみ なんか、やることなすこと芝居がかってて、相手を利用することしか 考えてないのが見え見えで、媚びたセリフは鼻につくし、気づかないオーガストがバカだなあとしか思えないのよね。人間としての清潔感に欠けた気持ちの悪い青年だった。
にえ 逃げた妻のエミリー。この人がまたアメリカのユダヤ人夫婦に育てられた 韓国人の孤児って設定で、もうちょっとどういう人なのかわかれば、それなりに魅力を感じられたんだろうけど。
すみ オーガストの目を通したエミリーは、単に美しいだけの女性なんだよね。 オーガスト自身が、見かけだけに惹かれて結婚したって言っちゃうんだからどうしようもない。
にえ エミリーの家族もあとちょっとで魅力がなかったよね。オーガストを気に入っている エミリーの養父とか、激しい性格の義理の姉とか、生まれつき凶暴な義理の兄とか、おもしろそうなのに軽い紹介程度で終わってるから、 魅力を感じるまでにいたらないのよね。
すみ オーガストの愛人、学長の妻サラも、オーガストを愛してるのか、今の生活を 捨てたくないのかはっきりしないし、なんといっても性格から見かけから、女性としての魅力に欠ける人だったよね。 だから、不倫恋愛小説として成り立つはずの部分も成立しないでグダグダになってる印象しかなかった。ぶっちゃけ同じ女としては、 このサラって女性もまた気色悪かったな。
にえ とにかく、魅力のない登場人物と、これといっておもしろくもない、あるような ないようなストーリーがダラダラと続いていて、ホントに読むのが辛かった。なんでこの小説がアメリカで売れて、 映画化までされたのか、私には理解できない。
すみ 「悩める狼男たち」「カヴァリエ&クレイの驚くべき冒険」のハッとするような 人間描写の上手さとか、文章の巧さが、まったくないような気がしたよね。驚いちゃった。読み方が悪かったのかもしれないけどさあ、 ここまで伝わってこないものをどうすりゃいいのよ(笑)
にえ ユーモアを効かせたところは多々あったんだけどね。でも、だらけて流れていっちゃって、 ムカムカするだけで、おもしろくもなんともなかった。
すみ ヒッピー時代をひきずる中年男の悲哀として同情を持って読めば良かったのかもしれないけど、 私には無理。麻薬にも、性を含めただらしのない生活にも、ベタッとしているだけで敬愛というものが感じられない希薄な人間関係にも、 根性の腐った登場人物たちにも、ひたすら嫌悪しか感じなかったわ。
にえ ホントに申し訳ないけど、これほど最初から最後までおもしろくない小説を読むのは久しぶりだった。 合わなかったの一言につきるな〜。
すみ 前に読んだ2冊は素晴らしくって、シェイボンの感性にホレボレしちゃったのにねえ、残念。 最近の作品が好きだからって、過去の作品も好きになれるとは限らないのだなあ。日本人には理解しづらいけど、アメリカ人の感性には合う 小説だったのかも。懲りずにまたシェイボンは読むけど、この作品は私たちにはダメでしたってことで。