すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「銀の仮面」 ヒュー・ウォルポール (イギリス)  <国書刊行会 単行本> 【Amazon】
江戸川乱歩によって初めて日本に紹介されて以来、いくつかのアンソロジー等には収録されてきた 怪奇作家ヒュー・ウォルポール(1884年〜1941年)の初の翻訳短編集。
T 「銀の仮面」「敵」「死の恐怖」「中国の馬」「ルビー色のグラス」「トーランド家の長老」
U 「みずうみ」「海辺の不気味な出来事」「虎」「雪」「ちいさな幽霊」
にえ 怪奇作家ということで、怖いホラー物かなと思ったけど、そんな感じでは なかったよね。
すみ いちおう、作品が二つに分類されてて、「T」に入っているのは、 日常のゆがんだ心理に迫ってる感じのもの、「U」は不可思議な出来事が起きる怪奇小説群なのよね。
にえ 「T」はどれも、山田花子(漫画家)の漫画を彷彿とさせるストーリーだったよね。
すみ ああ、似てる、似てる(笑) Aは表面的にはBと仲良くしているけ ど、実はBを心の底から憎んでいる。でも、たんに生理的にだったり、卑屈な嫉妬だったりして、理由も言えないし、 絶交もできない。Bはまったく鈍感で、Aの気持ちには気づかず、親しげに振る舞い、Aをいらだたせることばかり言う。 そういうゆがんだ人間関係の構図は、山田花子の「神の悪ふざけ」にもよく出てくる構図だったよね。
にえ でも、特殊な話じゃないんだよね。じっさい私も、理由もなく嫌いな娘に 親友と言われてくっつかれて精神的にまいっちゃったことがあるし、逆に私が親友だと思ってる娘が、じつは私を 腹の底から憎んでいるのかもしれないってことは充分あり得る。誰にでも、ありそうなことよね。
すみ そういうふだん誰もが隠し持ってて、触れてほしくない裏側に、あえて スポットを当てて、浮き彫りにしていくところが似てるのよね。この陰湿なくすぐりは、けっこう癖になるわ(笑)
にえ 「U」のほうは怪奇色が強いけど、「T」のような湿っぽさがなくて、 むしろ美しい話が多かったよね。
すみ 「T」も「U」もなかなかおもしろかった。怪奇小説としては期待しな いほうがいいかもしれないけど、短編小説としてはどれもすこぶるおもしろかった。
<銀の仮面>
美しい美術品に囲まれ、優雅な一人暮らしを満喫している、白髪で五十路を迎えたソニア・ヘリス嬢は、 道でみすぼらしい服を着た美青年に声をかけられた。青年は売れない画家で、妻と小さな赤ん坊までいるという。 関わり合いにならないほうがいいとわかっていたソニア嬢だが。
にえ 孤独を愉しみながらも、愛情の行く先を探し求めるソニア嬢は、美青年に 危険な匂いを感じとって嫌悪を抱いてるんだけど、拒否しきれないのよね〜。
すみ 高年齢で独り暮らしってのも、この作家さんの好きな設定みたいね。閉所恐怖症なのか、 私にはこの小説世界の閉塞感がなんとも息苦しかったけど。
<敵>
四十五歳で、気楽な独身生活を楽しむ古本屋のジャック・ハーディングには、たった一人の敵がいた。 敵の名はトンクス、近所に住んでいる男で、しつこくジャックにつきまとう。これほど嫌っているというのに、 トンクスはジャックを勝手に親友だと信じこんでいるのだ。
にえ ううっ、ジャックの気持ちわかるわ〜。トンクスみたいに馴れ馴れしくくっつ いてくる奴、私も嫌い〜。
すみ トンクスは一目見てジャックを気に入り、親友だと信じきってるし、 ジャックは一目見てトンクスを嫌いきっているし、さてさてこの二人はどうなるのか。私は意外なラスト にもう一度、なんかわかるわ〜と言ってしまった(笑)
<死の恐怖>
一人でゆっくりと休日を過ごそうとサーク島のホテルに滞在することにしたウィリアム・ロリンは、 才能がありながら、だれしもに嫌われているロリンが同じホテルに滞在していることを知り、がっかりする。 しかし、やがてウィリアムはロリンの妻に興味を覚えはじめた。なぜなら、ロリンの妻はロリンを心底軽蔑 していたからだ。
にえ またもや、嫌ってるのに離れられない友人が登場。しかも今度は、 ウィリアムだけでなく、ロリンの妻までロリンを嫌ってるからね〜。
すみ 思わせぶりなラストだったよね。やったのかな? それともウィリアムの 妄想?
<中国の馬>
小さくとも美しい自分の家のすべてを心の底から愛していたミス・マクスウェルは、財政難のため、 愛する家を他人に貸さなければならなくなった。候補者の中から、美しく若い女性ミス・マーチを選んだ。 美しい家に一番ふさわしい人だと思ったからだ。しかし、ミス・マーチに家への愛情はなかった。
にえ 人間よりも、家や物に執着している孤独な人も、この作家さんの好む 設定だよね。こうなってくると、この作家さんの性格じたいが気になってくるんだけど、どうなんでしょ。
すみ ミス・マクスウェルとミス・マーチの前に、一人の男性が現れて、 話はちょっとおもしろい方向に進んでいきます。
<ルビー色のグラス>
コール家のジェレミーは8歳、ここ最近、愛犬ハムレットとともに叱られるようなことばかりしていた。 そんななか、いとこのジェーンがコール家を訪れた。みすぼらしい姿で、怯える少女がまったく気に入らなかった ジェレミーだが、なぜかハムレットはジェーンを気に入ってしまう。
にえ ジェレミーはジェーンがだいっ嫌いなのに、愛犬ハムレットはジェーンを 気に入ったのか、ジェレミーの存在を忘れたように、ジェーンのそばにばかり行きたがるようになっちゃっうの。
すみ かわいいお話だったよね。ラストでは、犬ってこういうところあるのよね〜と 思ってしまった。犬好きなら、キュンとくるかも。
<トーランド家の長老>
観光地レイフェルには、二つの対立する家族があった。その一方であるトーランド家は、年齢も わからないほどの老夫人が、しゃべれなかった今でも支配していた。ところが、コンバー夫人という陽気で 親切な観光客が訪ねてきたことで、おかしな雲行きになってきた。
にえ これも相変わらずの構図。ご陽気で親切ごかしなコンバー夫人につきまとわれ、 トーランドの老嬢はイライラしっぱなし。
すみ でも、トーランド老夫人が今までさんざ好き勝手やってきた、底意地 の悪い女だってことと、口がきけないってところが目新しかったよね。ヒヒヒヒッと笑いながら読んでしまった。あと、 魔術についてのさりげない描写が秀逸だった。
<みずうみ>
作家のフェニックは、フォスターという作家がいるために自分の作品が売れないと思っていた。フォスターは、 フェニックを親友だと思っていた。ある日、フォスターがフェニックのコテージにやってきた。フェニックは ある決心をした。
にえ いいかげん、どれもこれも同じ話じゃないと言われそうなので先に言っておくと、 読めばけっこう変化があって、どれも楽しめますよ。
すみ 嫉妬からフォスターを憎むフェニックは徹底的に卑屈よね。でも、嫉妬っていうのは だれの心のなかにもあるもので、なかなかうまくコントロールできるものではないからねえ。
<海辺の不気味な出来事>
ゴスフォースに避暑にでかけた私は、見るからに邪悪な老人の招きで、彼の家を訪れることになった。 そこで見たものは……。
にえ ここから「U」に入りま〜す。これは短くって、かなり幻想的な話 だったよね。
すみ 邪悪な老人だとわかっていながらも、ついていかずにはいられない 主人公、ホントいやなところをくすぐってくれる快感があるね、この作家さんの小説は。
<虎>
ニューヨークがすっかり気に入って、長期滞在をしていたイギリス青年ホーマー・ブラウンだが、夏になると 友人たちの姿は消え、孤独な日々を過ごすことになった。ホーマーはやがてニューヨークが獣臭いことに気づき はじめた。
にえ これはかなりホラーって感じだったよね。孤独のなかで、どんどんおかしく なっていくホーマーが怖い。それにしても、登場人物がいつも孤独ね〜。
すみ ラストが映画的なゾクリとくる感じになってて、おもしろかったな。
<雪>
ライダー氏は前妻を亡くし、若い妻と暮らしている。二番目の妻とライダー氏は、ここのところ口論が絶えない。 そんななか、若い妻に幽かな声が語りかけてきた。「警告するわ。これが最後……」
にえ 前妻の幽霊に苦しめられる若い妻。ありがちな設定のようで、うまくいってない 夫婦関係とからんで、話が独特の雰囲気になってておもしろかった。
すみ 前妻の嫉妬も不条理だよね。自分は死んじゃってるんだし、二番目の妻に 罪はないのに。どうしてこういう時、夫じゃなくて新しい妻のほうに幽霊はとりつくんでしょ。人間ってや〜ね〜(笑)
<ちいさな幽霊>
たった五、六年とはいえ、親友だったボンドを亡くし、私は深く憔悴していた。半月ほど仕事を休み、 グレーブシャーに滞在することにした私だが、ボンドのことばかり思い出し、気持ちは晴れない。そんなとき、 古い友人のボールドウィン夫妻から誘われ、彼らの古い別荘を訪ねたが、そこにはなにか、目に見えないものが 存在していた。
にえ これは美しい怪奇小説だったよね。親友を失って孤独に苛まれる主人公と、 古い館にとりついた「ちいさな幽霊」のささやかな交流。
すみ 幽霊の正体はラストにわかります。この作品に限らず、どれもラストが 変に力が入ってなくて、それでいてハッとさせられて、いいイラストだったよね。良い作家はラストがよいのよね。