すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「シネロマン」 ロジェ・グルニエ (フランス)  <白水社 単行本> 【Amazon】
1930年代のこと、さまざまな事業に手を出し、フランスの各地を転々としていたローラン一家は、 スペイン国境近くの田舎町で、金物商として認められた立場となっていたが、そろそろ転業の虫が騒ぎ始めていた。 上品なローラン夫人は芸術に関わる仕事として、映画館の経営を思いついた。目をつけたのはマジック・パレス座、 ラ・フレーシュという山出しの年老いた興行師が売りに出していた。騒がしいダンスホールが隣接しているし、 河向こうの下層階級の人々が住む地域にあるし、一般の観客が来るためには、わざわざ橋を渡っての遠出になってしまうし、 施設が古ぼけてみすぼらしいし、いかがわしい評判が立って客足が途絶えていたが、ローラン家が手に入れるには ちょうど良い価格だった。品の良い作品を上映すれば、きっと市街地にある二つの大きな映画館にも負けない立派な 映画館になるはずだと信じ、買い取ることにしたローラン一家だったが、経営はたちまち行き詰まってしまう。 人件費削減のため、15歳の一人息子フランシスにかかる負担は大きくなっていくばかりだった。
にえ これは昨年(2001年)、白水社が出した海外小説復刊シリーズの中で、 私たちが一番読みたいと思った小説です。遅くなってしまったけど、期待は裏切られなかったね〜。
すみ わざわざ復刊されるぐらいだから駄作のはずはないけど、モロ私たち好み だったのがウレシイね。それにしても、フランスの小説っぽくなかったな。
にえ うん、フランスのちょい古の純文学というと、くどくどしくて、いかにもなラスト ってそういう偏見が私のなかにあるんだけど、この小説はそこからは遠かった。じゃあ、なにに近かったかというと、スタインベック やマッカラーズあたりの、一番匂いの濃厚な時期のアメリカ南部文学にかなり近いな〜と思った。
すみ あ、私もそれは思ったよ。なんか南部作家の小説読んでるみたいな心地よさがあるな〜と 読んでて思ってたの。悠然とした時の流れ方とか、町中で暮らしてても昔の田舎独特の土臭さみたいなものがあるところとか、 貧しいけど焦燥感の欠けたようなところのある人々の暮らしぶりとか。
にえ 先を急ごうとしない書き手の姿勢みたいなものが心地良いのよね。フランス文学好きというより、 アメリカ南部文学好きの人に勧めたくなる小説だったな。
すみ 主人公はいちおうローラン家の一人息子、フランシスなのよね。なんで「いちおう」かといえば、 映画館マジック・パレス座を取り巻く人々の話だから、主人公とはいえ、いつもフランシス君にスポットが当ってるわけではないからなんだけど。
にえ フランシスはリセ(学校)に通ってて、田舎町の中ではわりと上層に入る 子息たちの集団の一員で、勉強も良くできる、ちょっと内向的な子なのよね。
すみ 上層、下層っていうのはこの町ではわかりやすくて、河を挟んで住み分かれてるのよね。 ローラン家はいい方の地域に住んでるんだけど、マジック・パレス座は河向こうにある。こうなると、フランシスの 立場は微妙。
にえ だんだんと仲間たちからは遠ざかり、映画館の仕事にのめり込んでいっちゃうのよね。 最初は雑用係程度だったけど、最後には映写機まで回すようになっちゃうし。
すみ ポスター貼りから、フィルム入手の交渉から、何でもやらされて大変そうだったよね。 だいたい両親がすっとぼけた人たちなんだもん。
にえ でも、私が15歳の時にこの小説を読んでいたら、フランシスが羨ましくてしょうが なかったと思うよ。小説の中のフランシスもまた、最初は楽しくてしょうがなくて、最後のほうには抜けられなくなっちゃってるんだけど。
すみ でもって、読んでる私たちは、マジック・パレス座とともに映画史の変遷につきあうことになるのよね。 サイレント(無声映画)がトーキー(有声映画)になり、白黒フィルムがカラーフィルムになり、と一番変化の多い時期だから、興味津々だった。
にえ おもしろいのは、それをハリウッド映画界とか、最先端の映画を観る人の 話とかではさんざん読んできたけれど、フランスの田舎町の場末の映画館で体感できるって目新しさよね。
すみ そうそう、フランスってフランス映画ばっかりなのかな、なんて単純に考えてたけど、 日本と同じでハリウッド映画の比率がかなり高いのね。いずこも同じ。
にえ いずこも同じと言えば、こういう三流の小規模な映画館っていうのも、 日本のどこの町にもあったんじゃない?
すみ ロードショーのかかる映画館じゃなくて、いろんな映画館をまわった末に フィルムが流れつく、流行遅れの映画館。フィルムが途中で焼け切れて上映がストップしたり、逆に普通の映画館では やらないような珍しい映画をやってて、ちょっと文化的な匂いがしたりね。
にえ マジック・パレス座は文化的な匂いはしないよね。ただでさえ品が悪いと 言われつづけてきたのに、ローラン夫人が壁にミッキーマウスの絵なんか描いちゃって、なんだかもう(笑)
すみ 上映の前に流すニュースは三週間も四週間も前のものだし、コマーシャルは ガラス板に描いた手作りだし。でも、そういう場末の映画館だからこその埃っぽい雰囲気が、なんともたまらなかったな。
にえ 淡々としているようで、フランシスの淡い恋があったり、映写機が壊れて 大騒ぎになったり、隣のダンスホールでは、当時アメリカから流行がやってきた、耐久ダンス・コンテストなんて あったり、いろいろあったよね。
すみ 客がどんどん減っていくと、出来損ないのマジックのような見世物が 登場したり、共産主義者や無政府主義者の集会に使われたり、最後には往年のスターの興行にでかけたりしてね。
にえ 物悲しさが漂ってて、時代の匂いが濃厚で、往年の名作映画の話もタップリ出てきて、 おまけに場末の映画館の細やかな裏事情まで知ることができて、ホント、たまらない小説だった。私にとっては珠玉の一冊。
すみ 枠からはみ出して急展開しまくりのストーリーを楽しむ最近の小説とは一線を画した読む喜びがあったよね。 ちょっと古い小説ならではのスローテンポの味わい深さをご堪能いただきたいわ〜。