すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「魔法の玩具店」 アンジェラ・カーター (イギリス)  <河出書房新社 単行本> 【Amazon】
有名な作家の父といつも上品な母は、講演旅行のためにほとんど家にはいない。小さくとも美しい家では、 15歳のメラニーをはじめとする3人の子供と、家政婦兼乳母のような役割を果たすランドルさんという未婚の 老嬢が暮らしていた。メラニーは自分がどれだけ大人の女性に近づいたか、気になる年頃になっていた。鏡を見て、 いつか出会う人を思い描いた。ところが、ある日届いた電報によって、一家の生活はがらりと変わってしまった。 飛行機事故による両親の死亡、入ってきた金は全部使う主義の両親の方針で貯蓄はなく、家は売られ、3人の 子供たちは母の弟フィリップの家に引き取られることになった。フィリップ叔父さんはロンドンのはずれにある 下町で玩具店を営む、腕のいい玩具職人だった。そこには、フィリップの唖の妻マーガレットと彼女の二人の弟が一緒に暮らしていた。
にえ 私たちにとっては「ワイズ・チルドレン」についで2冊めのアンジェラ・カーターです。
すみ 「ワイズ・チルドレン」は最晩年の傑作だけど、「魔法の玩具店」は初期も初期、 1967年に書かれたアンジェラにとっては2作目の長編小説だったのよね。
にえ アンジェラと言えば、カズオ・イシグロなど将来有名な作家となる若者たちに 文章の書き方を教えるほどに、「完璧すぎるほど完璧な言語」を書くことで有名な人だそうで、この小説でもすでに、 そのすばらしさがそうとう認められてたらしいのですが。
すみ 翻訳文から原文の美しさが透けて見えるような文章がよくあるけど、 この小説に関しては、翻訳文を読んだだけでは、原文がどれだけ美しいかはちょっとわからなかったよね。
にえ 瑞々しい描写はあったけどね。とくに冒頭の、メラニーが母親のウェディング ドレスを着て、夜の庭に出てみるシーンは、昼間より踏む草の丈が伸びているように感じられたとか、そういう ハッとさせられる描写が多々あった。
すみ うん、あそこで、メラニーが物質的には恵まれた多感な少女だっていうのが ヒシヒシと伝わってきたよね。あのままで行けば、初恋をして、進学して、就職して、結婚して、っていうコースを 歩むことになったんだろうけど。
にえ 両親の急死で、生活は一変しちゃうのよね。3人の子供たちは叔父の家に 引き取られていくんだけど、必ずしもベッタリ仲のいい兄弟ってわけではないところがおもしろかった。
すみ メラニーの目を通すと、弟のジョナソンは船の模型づくりに熱中してほとんど 口もきかないような子だから感情がないように見えるし、妹のヴィクトリアは幼すぎて、おつむが弱いように見えちゃうのよね。
にえ 3人が行った先は、精巧なからくり人形やお面などを作る腕のいい職人、 叔父のフィリップの家。メラニーのもとの家と違って、かなり貧しいし、不潔な感じ。
すみ それよりもなによりも、フィリップ叔父が専制君主のような存在で、 雰囲気が暗いのがつらいところだわ。
にえ フィリップの妻のマーガレットはフィリップと結婚したその日に口がきけなくなったって いんだから悲惨よね。でも、マーガレットには同じ赤毛の弟フランシーとフィンがいるからまだいいんだけど。
すみ でも、この赤毛の3人は、他人から見るとちょっと気持ちが悪いぐらい、 ベッタリくっつきあってるのよね。
にえ そんな家で暮らすことになったメラニーの運命やいかに。ってことに なるんだけど、全体としてはかなりオーソドックスな話だったよね。
すみ アンジェラ・カーターは、私たちが読んだ「ワイズ・チルドレン」みたいな マジック・リアリズムの極みみたいなものや、SF仕立て、神話っぽいもの、パロディーっぽい作品など、 ちょっと変わった味付けのものが多いらしいから、この作品はオーソドックスな純文学もので、逆にアンジェラ・カーター 作品の中では異質みたいね。
にえ 正直言って、今読むとちょっと時代遅れというか、いまさらなストーリー展開かなあ。 ラストの持っていき方まで、目新しさがないぶん、一歩ひいてあら探しに走ってしまいそうな。
すみ テンポもゆっくりしてるし、驚かされるべきところでもっと刺激的な作品に慣れた 今の読者では驚かされなかったりして、物足りなくはあったね。
にえ アンジェラ・カーターの文体のすばらしさを知るために原書で読むぶんには、 こういうオーソドックスな話ってピッタリなんだろうけど、翻訳で読んじゃうと、古さばかりが目立っちゃうねえ。 ちょっと前まで、こういう話の流れの純文学小品が多発してたからなあ。
すみ では、アンジェラ・カーターが初期の頃はどんな作品書いてたのかな〜と 読んでみるのには良かったけど、最初に読むのにはオススメしないかもってことで。