=「すみ」です。 =「にえ」です。 | |
「あなたをつくります」 フィリップ・K・ディック (アメリカ)
<東京創元社 文庫本> 【Amazon】
1981年、人類が月に移住しようかという時代、ルイスとモーリーはマーサ商会という小さな会社を経営し、 トラックを使ってスピネットピアノと電子オルガンを売っていた。電子オルガンを作っているのは、ルイスの 父親と、目と口が逆の位置にある弟の工場だが、このところ、電子オルガンはさっぱり売れていなかった。 モーリーはひそかに、電子工学技術者のバンディーを雇って人間そっくりの機械、シミュラクラを開発し、 現状を打破しようとしていた。まず作ったのは、南北戦争時代にリンカーンの配下だった北軍陸軍長官 エドウィン・M・スタントンのコピーであるシミュラクラを作った。さっそく、若き大富豪サム・K・バローズ に売り込みをはかるが、バローズはルイスやモーリーが考えているのとは別の路線で、シミュラクラを利用しようと もくろんでいた。 | |
これは、アメリカで1972年に発行された作品を、日本では1985 年にサンリオSF文庫から阿部重夫さん翻訳「あなたを合成します」というタイトルで出版していたものを、 このたび、佐藤龍雄さんの訳で、タイトルも新たに東京創元社から出版されることとなったディックの中期の 作品です。 | |
私たちにとってディックは、ず〜っと以前に「アンドロイドは電気羊 の夢を見るか?」だけ読んでいて、そうとう間があいての2冊めだよね。 | |
この本もアンドロイドが出てくるのよね、シミュラクラっていうんだけど。 | |
マーサ商会は、スタントンとリンカーンのシミュラクラを作るのよね。 どっちもアンドロイドどころか、クローンのように本人そのままだし、生身の人間に近かった。 | |
感情はあるし、普通に食事はするし、人間っぽくないところなんて まったくないのよね。でも、どうしてそんなものが作れるのかっていう科学的な裏付けの記述はほとんどなし。 | |
そうなのよね〜。あとさあ、ディックにとっては近未来の1981年には精神分裂病、 ってこれは古い名称で、新しい名称は「統合失調症」、今年の8月から正式に使われるみたいだけど、もう 新聞なんかでは括弧付きで挿入されてるよね、まあそれは置いといて、精神分裂病を発病する人類が急増するって設定にな ってるけど、これまた、説明はいっさいなしだった。 | |
うん、精神分裂病患者が増えるってことは、遺伝子レベルで何かあったってことになるけど、 どう読んでも1981年になるまでに、地球でなにも起きてないよね。 | |
ルイスの弟が、目と口の位置が逆になってるって話のところでは、 核実験の多発によって人類によく見られるようになった後遺症、ってなことがチラッと書いてあったけど。 | |
でも、放射能と精神分裂病は結びつけられないよね。なんかその辺が かなり雑で、あとからきちんと説明があって、ハッとさせられるのかなあなんて、期待もしつつ読み進めたのだけど。 | |
スタントンとリンカーンのシミュラクラは、ルイスとモーリーに協力 してくれて、会社を乗っ取ろうとするバローズに対抗する術を教えてくれるのよね。 | |
企業間の攻防戦、しかもSFチックになってきたけど、わかりやすいし。 これはおもしろくなってきたぞ〜、と思ったら、話は途中からガタガタガタッと崩れていったね。 | |
モーリーの娘プリスってのが、精神分裂病で入院してて、やっと戻ってくるんだけど、 かなり変わった性格の女性で、ルイスはそのプリスに翻弄されっぱなし。話の中心はそっちに移行していくのよね、 なぜだかルイスがプリスに固執しだしちゃって。 | |
恋愛ものなんて甘っちょろいものじゃなくて、フィリップ・ディジャンの 「ベティ・ブルー」なみに、狂気の愛がはじまるのよね〜。でも、狂気はプリスのお株だったはずなのに、 唐突にルイスのほうが壊れちゃう。 | |
そこからは、もう本筋の企業間の攻防戦もスタントンとリンカーンのシミュラクラも 忘却の彼方にすっ飛んでいって、本格的な狂気の世界へ大暴走だったよね。 | |
フレデリック・ポールの「ゲイトウエイ」でも、ヒーチー星人の謎を解くのは 二の次で、主人公が別れた女のことを考えて、いつまでも悶々としてたけど、こっちはもっとヒドかったよね、 本筋が消えてなくなっちゃうんだもん(笑) | |
まあ、はっきり言って、最後まで読んだ人は、これを書いた 作家は精神を病んでいるに違いないってぜったい思うでしょ。 | |
それについては、巻末についてた解説を読んで納得。 ディックはこの小説を書いた当時は、前の奥さんに逃げられ、新しい女にも結局逃げられた、その間ぐらい の時期で、麻薬に溺れて、そうとうな中毒になってたみたい。 | |
あとになって思い出そうとしても、この小説の内容をほとんど覚えて なかったっていうから、かなり重傷だったんでしょ。ディック自身が黒髪の女性に固執したとか、異常なま でに一人の女性を追いまくってたとか、解説を読んでわかってくると、この小説がいかにディック自身の姿を 投影したものであるかわかるよね。 | |
最後のほうは、精神病院を舞台としたサイコホラーみたいになってたよね。 でもそれにしても、精神科医はお粗末だし、ラストにしては意味不明だったけど。 | |
完全に破綻しちゃってる小説だったよね。こんなのでも、アメリカではちゃんと 出版され、日本では翻訳者をかえて2回も出版されるんだから、ビッグネームはスゴイねえ。 | |
こんな壊れた小説を再出版するぐらいなら、同じサンリオSF文庫でも、 ピーター・ディキンスン作品のほうがずっと出来がいいのに、なんてブチブチ言いたくなるけど、日本での知名度に 差があるから、しょうがないのね〜(泣) | |
でも、正直に言うと、この壊れっぷりはちょっとおもしろかった。 | |
うん、なかなか見事な崩壊ぶりだったよね。とくにスタントンとリンカーンの 人物像が素敵に魅力的だったから、麻薬中毒じゃないときに書いてくれてたらな〜とは思うけど、もったいなくも 破綻していくストーリーを追っていくのも、けっこう楽しかったりして。 | |
でも、恨まれたくないから、あえてオススメはいたしません。興味がある方はどうぞ。 本来の小説を楽しむのとは違う意味で、おもしろいことはおもしろかったということで(笑) | |