すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「箱の中の書類」 ドロシイ・セイヤーズ (イギリス)  <早川書房 ポケミス> 【Amazon】
電気技師ハリソンは、ハリソンより歳がずっと下の後妻マーガレットと家政婦の老嬢ミルサムの三人で暮らしていたが、 下宿人を置くことになった。下宿人の青年は二人、画家のレイザムと作家のマンティング。二人は学生時代の知り合いで、 学年も違って友人というほどの仲ではなかったのだが、偶然の出会いで意気投合し、一緒に暮らすことになったのだ。 そして、ハリソンは死んだ。不幸な事故死として処理されたが、先妻の息子ポールは納得できず、仕事で行っていた アフリカから戻ると、調査を始めた。いったい、ポールがいないあいだに何が起こり、何がハリソンを死に至らしめたのか。
にえ これは、セイヤーズの長編で唯一、ウィムジー卿が登場しない作品です。
すみ スタイルもかなり変わってたよね。普通の小説じゃなくて、手紙や供述書 が次々と出てきて、それを読んでいくと事件の全貌がわかるって仕組みで。
にえ 最初のうちは、下宿人の一人、作家のマンティングが婚約者に送る手紙が 数通と、家政婦のミルサムが妹に送った手紙が数通、それにハリソンが先妻とのあいだにできた息子に送った手紙。 この部分がけっこう長かった。いったいいつ殺人が起きるのよと思いながら読んだのだけれど。
すみ でも、この手紙だけでも、けっこうおもしろかったよね。マンティングは 売れない作家で、ちょっと芝居がかったような愛の手紙を売れっ子作家の婚約者に送ってて、ミルサムは、精神科医に通ってるみたいなんだけど、 たしかになんか変な感じだし。
にえ ハリソンの手紙は変に上品で、自分を良いようにしか見せてない手紙だったよね。 で、ちょこちょことみんなハリソン家で起きたことを書いてあって、そこから、どういうことが起きてたのかわかっていく仕組みなのよね。
すみ 水彩画ときのこ料理が趣味の夫と、その夫に耐えられなくなってる奥さんと、 完全に奥さんの肩を持ってる老家政婦のところにやってくる若い二人の下宿人。画家のレイザムはすぐに一家と仲良くなったみたいだけど、 マンティングはあまり仲良くしてないみたいなのよね。
にえ その辺の顛末が独断と偏見、悪口タップリで手紙に書いてあるからおもしろかった。
すみ この小説に出てくる人ってみんなものすごく主観的で、自己中心的だよね。まあ、だから手紙が おもしろいんだろうけど。
にえ そうね、マンティングはハリソンはまだ大目に見てるけど、マーガレットとミルサムに対しては 辛辣で、色目使ってるとか、しつこくつきまとって困るとか、けなしまくって言いたい放題だし、ミルサムはマーガレットには同情的だけど、 ハリソンとマンティングについてはボロクソに書いてるし、そういう違う視点から見れるのはおもしろかった。
すみ もう一人の下宿人レイザムについては、二人とも好意的なのよね。 愛想が良くて、優しくて。ちょっと外向的すぎて、マンティングはまいってるけど、それでも悪くは書いてない。
にえ マーガレットについては、両極端な書き方がされてるから、実像がつかみにくいのよね。 ミルサムの手紙を読むと、独善的な夫の横暴に堪え忍んでいるかわいそうな妻だし、マンティングからすると、 不幸な自分を演じなければ気が済まないバカ女だし。
すみ ハリソンがやっかいな性格っていうのは、どちらの手紙を読んでもわかるよね。 マーガレットがいるところでは小言ばっかり言ってるのに、マーガレットがいないところでは、マーガレットを絶賛している。 男にしてみたら意外といいやつってことになるんだろうけど、女にしてみたら、愛せない夫よね。
にえ 夫婦仲のうまくいってない年老いた夫と若い妻、そこにやってきた若い男の下宿人、 となると、とうぜん予想されるようなことになるんだけど。
すみ やっとというか、とうとうというか、ハリソンが殺され、息子が登場。この息子のポー ルってのがまた主観的で、むかつく奴だったよね。
にえ 自分の父親のことはあがめたてまつっちゃって、でも、こういうところもある、 なんて受けとめ方はしないのよね。マーガレットが悪女で、自分の父親は神様みたいな清らかな人、だから殺されたに違いないって、 もうその一点張りなのよね。
すみ 他の人間に対しては見下したことしか言わないし、協力してもらっても感謝しないで批判している ような奴。いやな感じよねえ。
にえ で、最後のほうになって話は急展開、いきなり科学的な話がはじまって、 私はもうついていけなかった(笑)
すみ 科学者たちが集まって、自然が造ったものと人工のものについての定義みたいなことを 話しだした場面は、私も読み流しちゃったよ。でも、ようするに事件解決には、植物の毒と人工の毒を見分けることが可能だってところだけ わかればいいのよね。
にえ まあ、この本、本当はセイヤーズと医学博士のロバート・ユースタスって人の 共著らしいから、私たちにはついていけなくても、科学的な裏付けはたしかでしょ。わからないながらも、理論に迫力があって圧倒されたし。
すみ んでもって、ラストはけっこう後味悪いのよね。事件は解決して、 罪は罰となってきっちり精算されるんだけど、なんかみんな納得してないみたいな。
にえ でも、こうやってしゃべっていくと面白くなかったのかなって印象を 与えてしまうかもしれないけど、なんだかんだ言いながら、おもしろかったよね。
すみ うん、1930年の科学捜査ってことでも楽しめるけど、なんといっても 人間関係が興味深かったよね。みんな本当に独善的、自分だけが正しいって信じ切ってて、そういうのをいろんな 角度から読めるっていうのは、皮肉が効いてておもしろかった。
にえ 読後感が良くないところがおもしろいと言って、読もうかって気になる人には オススメ、そして、私たちより科学のわかる人にはもっとオススメ(笑)