=「すみ」です。 =「にえ」です。 | |
「眠りの兄弟」 ロベルト・シュナイダー (ドイツ)
<三修社 単行本> 【Amazon】
1803年、オーストリアの最西端で、スイスと隣接するフォアアールベルクという地方の中部にある、 エッシュベルクという寒村に、一人の赤ん坊が生まれた。名前はヨハネス・エリアス、農夫ゼフ・アルダーの次男坊だった。 ヨハネス・エリアスは恐るべき声を発し、あらゆる音に耳を澄ませる気味の悪い子供だった。さらにエリアスは5才にして 驚くべき奇跡を受け、聴覚を数倍にも増すと乳歯を失い、緑色だった目は怪しい黄色の光を放つようになり、 やがて永久歯がはえてきて、さらに髭や陰毛まではえはじめ、髪は後退して、子供でありながら、小さな大人の男のような 奇怪な容姿となってしまった。 | |
これはドイツでベストセラーとなり、さらに25カ国以上の国で翻訳され、 映画化までされたという小説なんだそうだけど、かなり変わった小説だったよね。 | |
主人公のエリアスは天才音楽家。すぐれた歌声であり、比類なきオル ガン奏者であり、不世出の作曲家でもあり。でも、なのよね。 | |
そうなの、エリアスは小さな村のごくありふれた農夫の息子、まともな 教育を受けてないから楽譜も読めないし、エリアスの音楽的な才能を見いだして、広い世界へ引っぱりだして くれる人もいない。これじゃあ才能があっても、無用の長物。 | |
こういうのって誰でも考えたことあるんじゃないかな。もしかしたら、 モーツァルトよりもベートーベンよりも才能を持って生まれながら、才能を開花させるチャンスがなくて、そのまま 埋もれて、だれにも知られず死んでいった人っていっぱいいるんじゃないかな〜って。 | |
エリアスはまさにそういう人なのよね。寒村で埋もれていく偉大な才能。 ああ、かわいそう。が〜っ、そんなのんきなことを言ってられないほど、エリアスは異常な奴なのよね。 | |
5才の時に一瞬でで幼児期を抜け出して思春期に突入し、オマケに目の色まで 変わっちゃうんだもんねえ。母親が悪魔の子だと怖がっておかしくなるのも無理はないかも。 | |
でも、エリアスの心はあくまでも純粋で、なぜ自分のようなものが生きている のかと神に問いかけつづける真面目な少年なのよね。 | |
聴覚と声帯が異常なほど優れているから、村人たちの声をそっくり真似することができるし、 動物たちにしかわからない音域まで出せちゃうし、オルガンは楽譜の見方も弾き方も知らないのに演奏できちゃうし、 自力で調律までやっちゃう。でも、ここまで風変わりだと、なかなか認めてもらえるものじゃない。 | |
そんなエリアスの唯一の友人が、たった5日違いで生まれたペーターという 少年なのよね。 | |
こいつがまた変な奴よね。動物は虐待するわ、放火はするわ、まったくもって まっとうじゃないの。でも、なぜかエリアスへの友情は本物なのよね。心底から敬愛してるって感じ。 | |
ピーターの妹エルスベートは、エリアスが永遠に愛する人なのよね。 | |
これもまた凄いよね。エルスベートがまだ母親の胎内にいるときから、 エリアスはエルスベートの心臓の音を聞き、自分とまったく同じだと知って、すでに恋しはじめちゃうんだから。 | |
それでもって、エリアスは一生かけてエルスベートを愛するためには、 眠ってはいけないと考えて、眠らなくなるというんだから、ますますもって異様。 | |
眠りの兄弟は死なのよね。人間、死んでいては恋はできない、眠っているのは 死んでいるのと同じだから、一生愛しつづけるといっても、眠っているあいだは愛する人のことを思ってはいない、 これでは一生かけて愛していることにはならない、だから眠らないという恐ろしい理屈(笑) | |
そういうエリアスの短い一生をつづったこの物語の文章じたいもかなり変わってるのよね。 | |
うん、村民たちも変な人ばかりなんだけど、主要人物でもないのにやたら長々と独白を したり、唐突に全人生を語られたり、なんか不思議な感じだった。 | |
おまけに同じ語りが何度も繰り返されたりとか、時間を前後する話が いきなり挿入されてて、これはエリアスが生まれる三年前の話、なんて最後に書いてあったりして、なかなか 癖が強いよね。 | |
原書からしてもともと擬古的な言い回しのタップリ入ってる文章だったらしくて、 翻訳文もかなり古めかしい雰囲気になってるよね。読みづらいとは言わないけど、スラスラ楽に読める文章ではないよね。 | |
でも、この内容だったら、こういう文章じゃなきゃ合わないよね。現代的な 文章じゃ伝わってこないよ。 | |
翻訳者さんがあとがきでジュースキントの「香水」とか挙げてたけど、 本当にそんな感じ。奇譚物っぽくもあるし、南米のマジックリアリズムがそのままドイツに移ってきたみたい でもあったし。かなりドイツの小説だっていうのを意識してしまう小説だったよね。 | |
好みは分かれると思うけど、おもしろい小説だったよね。描写は部分によっては ネチネチと醜くもあるけど、美しくもあって。一番盛り上がるコンテストでのオルガン演奏の描写はすごかった。 パイプオルガンの大音響が聴こえてくるようだった。 | |
おもしろかったけど、だれにでも読みやすいという小説でもなかった ので、興味がある人にだけオススメ。 | |