すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「ロンドン」 上・下  エドワード・ラザファード (イギリス)  <集英社 単行本>   【Amazon】 〈上〉 〈下〉
テムズ河のほとり、ロンドンに生き継いだ10組の家族の2000年の歴史。
にえ これは、辞書のように分厚い上下2巻、しかも文章は二段構え、本屋で見かけて 気になりながらも、お値段はともかく読むのが大変そうだと避けてしまった方、多いのではないかな。
すみ しかも、宣伝文句によるとロンドン2000年の歴史、しかも10組の 家系が2000年にわたって絡み合うっていうんだから、これはキツそう、と思うよね、普通は。
にえ ところがところが、読みはじめると驚くほど楽で、読者によけいな 負担がほとんどかからないようになってることがわかって驚きだよね。
すみ そう、これは長編好きの人だけじゃなくて、あまり長い小説は読まないって人にも 勧めたくなるね。各章が50ページ前後になってて、完全に独立した一話完結ものなの。登場人物も舞台もかわっていくから、 中編小説が連なってるみたいなんだよね。
にえ 前に登場した人をちゃんと覚えておかないとわからなくなるとか、 数百年にわたる因縁がからんでくるとか、そういうのはいっさいなし。しかも一話ごとのストーリーがおもしろいから、 飽きないのよね〜。
すみ 単に前の話にも出てきた同じ苗字の登場人物がいるから、あ、あの人 の子孫だなってわかるだけで、べつにクドクドと説明もついてないし、ずっと前の章でいろいろあった家系どうしが 出会っても、うまく間をあけてくれてて「はじめまして」状態で話が進むから、取り残される心配はないのよね。
にえ たまに二話、三話とつながりのあるものもあるけど、主人公が変わって、 別の展開になってるしね。おまけに上巻、下巻、両方の冒頭に見やすい横書きの家系図をつけて くれてあるから、気が向いたときに家系図を見て、こいつはこいつの子孫か〜なんて思ってればいいし。
すみ とはいえ、それぞれの家系はかなり特徴があるから、出てくるとすぐ わかるけどね。たとえば最初っから出てくるドケット(ダケット)家では身体的に特徴があって、 前髪に一筋の白髪があって、手に水掻きがあるの。こういう特徴の人が何度も出てくるから、お、また出たな、 とそういう楽しみもあったいして。
にえ で、連ねて読んでいくと、味わい深い物語を通して、ロンドンの変遷が わかっていくのよね。歴史が好きな人、ロンドンの地理に詳しい人だったら、もうたまらないだろうね。
すみ でも、歴史は苦手でロンドンの地理なんてほとんど知らない私でも、 知識がスルスル入っていったよ。こんなふうにその場、その場にいたような気にさせてくれて、歴史が語られてれば、 私も拒否反応が出なくて堪能できるのよね〜。
にえ 歴史的な大事件がうまく物語のなかに絡んできたり、主要家系の知り合いに 実在の有名人が混じってたり、ネチネチ説明口調になってないところがいいよね。
すみ 王様とか発明家とか、有名人が普通にしゃべってるのもよかったけど、 私は実はこの人が『カンタベリー物語』の作者だった、とか、そういう驚かせてくれるところが好きだったな。
にえ それにさあ、主要家族があくまでも庶民だから、庶民の暮らしや文化が 細かに描写してあって、だれが読んでも一つや二つは興味を持つ事項があるよね。
すみ 私は洋服の変遷に興味津々だった。どういう素材で、どういう縫い方で、どういう 形のものを着ているとか、きっちり書いてくれてるから、通して読むとそのままファッション史なの。
にえ 食べ物でも知らなかったことがいっぱい書いてあったよね。イギリスじたいが 食文化の豊かな国ではないと思うけど、それでも、貧乏人の家で牡蠣ばっかり食べてたりとか、そういう話を聞かされると、おおっと 思っちゃう。
すみ 気象についても詳細だったよね、あと建物の移り変わりもみごと、それにもちろん人頭税とか、ドゥームズデイブックとか、 そういう法律の歴史、それに宗教の変遷、芸術、文学、錬金術とかの一時的な流行のこと。あと、地名が変化していくのもワクワクしたよね。挙げるとキリがないわ。
にえ それにしても、分厚いから『五輪の薔薇』あたりを連想したんだけど、 この本は全然違った。濃くなくて、わりと淡々としてるよね。書いた人は純粋に作家さんだけど、学者さんが 書いた小説かと思ったぐらい。でも、淡々としているようで、ふんわり心地よい優しさのあるストーリーだったし、 なんといっても描写に愛情が感じられて、読む人を飽きさせない工夫もタップリで、だれにでも勧めたくなっちゃう。
すみ そうなのよね、一話完結のお話が連なってるから、読書の時間がとれなくて、 ゆっくりしか進めない人でも大丈夫。で、一話ずつがおもしろくて、つながっていくとなお面白い。厚さを気にせず、 手にとってほしいよね。
すみ ではでは、駆け足で説明しやすい章をピックアップしてご紹介して、 どんな感じかつかんでいただきましょうか。
にえ まずは第1章。B.C.54年、漁師の息子で、9才のセゴヴァックスって少年が が主人公なの。河のほとりの村で平和に暮らしてるんだけど、ローマからユリウス・カエサルが大群を率いて攻めてきて、 セゴヴァックスの家族は、互いを思いやるばかりに別行動をとって、過酷な運命をたどってしまうの。
すみ 千里眼の老人ドルイド、なんて登場人物もいて、先史時代の呪詛的なものの雰囲気なんかも 堪能できて、初っぱなから楽しませていただいたよね。
にえ 第2章は251年、ユリウスという青年が主人公。ユリウスは銀貨の 偽造と、よそんちの若妻にちょっかいを出したことで、のっぴきならない状況に追い込まれちゃうの。 ちょっとサスペンス仕立てかな。
すみ この時代には、銀貨の半分は偽造品だったのだとか。庶民の暮らしにも興味津々だったし、 競技場の描写が印象的だったよね。
にえ 第3章は604年、オファという20才の青年が主人公の話。オファは若妻にちょっ かいを出され、長老を針で刺したために殺されそうになったところを、貿易商の美しい夫人に救われ、奴隷になっちゃうの。
すみ 助けてくれた夫人は夫に、キリスト教という新しく伝わってきた宗教 に入信しろと言われて悩んでいるのよね。オファとその妻は、夫人を窮地から救えるのでしょうか。
にえ 第4章は1066年、田舎で鍛冶屋の次男として生まれた少年アルフ レッドが主人公。田舎に残っても仕事がないので、ロンドンに出るんだけど仕事がなくて、飢え死にしそう になったところを助けられ、武具職人になるの。
すみ 当時の鎖かたぴらの作り方が細やかに描写されてて、けっこうそこだけでも 感動したよね。もちろん話もおもしろかったけど。
にえ この辺から、ちょっと登場人物も増えてくるのよね。ダケット家とか、シルヴァースリーヴス家、バーニクル家なんてこれから綿々と続いていく家系の 最初の人たちがぞくぞくと登場してきて。もちろん、覚えられないほど沢山出してくるようなことはしてないから、気楽に読めるんだけど。
すみ 第8章は1295年、処刑されそうになった恋人を助けるため、売春婦の ふりをすることになった処女ジョーンのお話。ジョーンは売春宿にいながらも貞節を守り、恋人を救うことができるのでしょうか。
にえ この頃の売春宿は教会が統括してたのね、驚いちゃった。それにしても性風俗まで書ききっちゃうんだから すごいわ(笑)
すみ ジョーンを助ける脇役的な存在で、主要家系の末裔も登場してて、いい味だしてるよね。 ドゲッド家の末裔は双子のカッコイイ売春婦で、機転を効かせてジョーンを助けるし、前章では悪役的な存在だった シルヴァースリーヴス家の末裔は、今度はとぼけたいいキャラだったし。
にえ 第9章は1357年、金持ちのギルバート・ブルに拾われた捨て子のジェフリー・ダケットのお話。 ジェフリーが拾われたあと、ブル家には一人娘のティファニーが生まれるの、当然のように美少女に成長するんだけど。二人の運命やいかに。
すみ このあたりから、栄えてた家系が没落してたり、また章を隔てて盛り返して 栄えてたりと、そういう各家系の上になったり下になったりする波がおもしろくなってくるよね。
にえ 第11章は1597年、シェークスピアとともに芝居の脚本を書いていた 洒落ものの青年、エドマンド・メレディスのお話。
すみ エリザベス女王が、劇場をすべて閉鎖するという命令を出しちゃって、 それに頓知をきかせて対抗するのよね。肌の黒い海賊のバーニクルとか、頭のかたいダケット市参事会員、なんて 主要家系の登場も楽しいし、ラストはかなり驚いた。
にえ 第15章は1750年、見栄っ張りのセント・ジェイムズ伯爵夫人は、自分が産んだ子供に一筋の白髪と 指のあいだに水掻きがあるのを見て驚愕し、赤ん坊を捨ててしまうの。捨て子は自分にそっくりの子供がいる家に引き取られ、双子のように育 てられて、さてさてそれからどうなるか。
すみ これはちょっとラストは読めたね(笑)。でも、当時の上流階級の暮ら しや決闘、それにウェディングケーキの歴史や監獄の様子までかいま見ることができて、おもしろかった〜。
にえ 監獄は驚いたよね。お金がらみの犯罪者だから罪が軽いってこともあるんだろうけど、 出入りが自由にできちゃうし、獄中で神父を呼んで結婚式が挙げられたりするんだもの。これでいいのかって反面、うらやましいような気もした。
すみ こんなところでやめときましょうか、あとは読んでのお楽しみ(笑)
にえ もちろん、超オススメです。ご堪能あれ〜♪