=「すみ」です。 =「にえ」です。 | |
「すべての夢を終える夢」 ウォルター・アビッシュ (オーストリア→アメリカ) <青土社 単行本> 【Amazon】
半年間フランスに滞在した後、ドイツに戻ってきた作家のウルリッヒ・ハルゲナウは、故郷の南ドイツ、 ヴュルテンブルクのホテルに戻ってきた。ヴュルテンブルクで、ウルリッヒの評判は芳しくない。別れた妻 パウラはテロ事件などを頻繁に起こす過激派アインチーとつきあいがあったのだが、ウルリッヒは関わりを 指摘され、裁判ですべてを証言した。罰は免れたものの、以来、過激派に関わりのあるものという目で見られている。 一方、ヴュルテンブルクに住み続けている兄のヘルムートは高名な建築家で、 街でも尊敬される存在だった。しかも、二人の父親は戦争中にヒットラーに逆らって処刑され、今では英雄となっている。 ウルリッヒはアパートを借りて暮らすことにしたが、恋人となった上の階に住むアメリカ女性ダフネは、 どうやらアインチー派のスパイらしい。ダフネが去ったあと、ヴュルテンブルグでは爆破事件が多発しはじめた。しかも、 爆破されるのはみなヘルムートが設計した建物ばかり、アインチー派の報復ではないかとささやかれた。ダフネを、そしてパウラを追う ウルリッヒは、ジュネーブのブルムホルトシュタイン市へ越した。そこには、ハルゲナウ家のかつての 従僕フランツが高級レストランのウエイターとして働いていた。 | |
私たちにとっては初ウォルター・アビッシュで、ペン・フォークナー賞受賞作品です。 | |
アビッシュはユダヤ人で、ナチスによる迫害を避けてオーストリアを脱出、 それからは世界のあちこちを渡り歩いた人なのよね。とりあえず、今の国籍はアメリカ。 | |
でも、この小説はホロコーストではないのよね。ナチス・ドイツの話や強制収容所の話はチラチラと 出てくるけど、それが反戦やナチス・ドイツ批判に結びついていく気配もなくて。 | |
しかも、ドイツを舞台にして、ドイツの人たちを登場させているけど、 ドイツには行ったことないんだよね。んでもって、ズバリこの本の原題は「どれくらいドイツ的か」なのだそうな。 | |
たしかに、「ね、こういう言い方ってドイツっぽいでしょ」「こういう行動って ドイツ人らしいでしょ」って言ってるみたいな記述がたくさんあったね。 | |
つまりは、ドイツ以外の国の人たちが想像するドイツっぽさを際だたせたような 小説なのよね。でも、あくまでストーリーの流れが主軸で、それほど実験的ってほどではなかった。 | |
うん、この作家さんはかなり実験的な小説を書いたりする人みたいなんだけど、 これに関しては普通の小説の枠からさほどはみ出してなかったよね。あえていえば、会話部分が「 」で囲まれてなかった ことかな。 | |
私たちはジョゼ・サラマーゴで馴染んでしまった手法だけど、これは誰からはじめたのかしらね。 文章から不思議な余韻が生まれるのはたしかだけど。 | |
この小説にある余韻は、サラマーゴの透明感とはまた違ってたね。 背中を押されて迷宮のなかに入れられそうになるような、直接の語りではなくて、壁に反響している声を聞いてるような、 そういう妙な、だまされそ〜、うそくせ〜って雰囲気が漂ってて、これはこれで良かった。 | |
で、ストーリーが説明しづらいんだよね。まず、ウルリッヒとヘルムートの父親は ナチスドイツに処刑されたらしいんだけど、それについてはさんざん思わせぶりな記述があるけど、はっきり これこれこういうことがありましたっていうのがないんだよね。 | |
ウルリッヒはダフネを追ってブルムホルトシュタイン市に行ったはずなのに、 そこから話が大きく展開するのかと思ったら、そうでもなかったしね。 | |
ダフネはスパイみたいだけど、なにが目的なのか、それに素性すらよくわからないし。 | |
パウラの所属するアインチー派も、爆破事件を繰り返すわりに、なにが目的なのかわからないしね。 | |
それからもっともっと謎らしきものが出てくるけど、みんな曖昧のまま放り出されてるのよね。 | |
ブルムホルトシュタイン市に行ってからは、ほとんど恋愛話に終始してたよね。 ウルリッヒとヘルムート、それに市長とヘルムートの親友が複数の女性と三角関係どころか、多角関係をだらだらと。 | |
そうそう、結局、恋愛にしてもハッキリしないのよね。そんな中で、 登場人物たちのなんともやりきれないような人生が垣間見えてきて。 | |
とくにフランツは歪んでたよね。もとの雇い主だったハルゲナウ家を尊敬しまくって、 写真やらもらったものを飾って、ウルリッヒやヘルムートに会えば媚びた態度をとるけど、じつは軽蔑して、 憎悪して、イヤな感じなんだけど、人としてわかる。 | |
市長の妻は父親がペンキ職人で、必死でそのことを隠そうとしてるみたいだし、 とにかく、いびつな人たちよね。 | |
結局、印象に残るのはウルリッヒとヘルムートの不思議な兄弟関係。おおよそ 性格も違ってて、気が合うとも思えないのにやけに一緒にいて、一緒にいるけどウルリッヒはヘルムートの家には決して泊まらないで ホテルに部屋を借りるし。なんだろう、この人たちは、とそればかりが気になってくるのよね。 | |
でもさあ、どうせ何の結論もなく終わるだろうと思うじゃない。ところが、 この兄弟の変な関係については原因もわかるし、結論らしきものも出てくるのよね。なんでこれにはこういう結末と原因づけが必要だったのかと 逆の意味で驚いちゃったけど。 | |
ダラダラしてるようで、なんか展開が気になって読み進めちゃったし、 もともと私はこういうスカした感じの小説は好きじゃないんだけど、これはもうちょっとなにかある気がして、捨てがたかったな。 | |
なんといっても秀逸なのが、邦題と表紙なのよね。思わせぶりで、しかも本の内容を読んでいくと、 意外なところで出てきて。とくに表紙はそのままの描写が出てきてハッとさせられた。なんか読み終わったあとで、表紙をボ〜ッとながめてしまった。 | |
まあ、ひとことで言えば変な小説。でも、妙に大物感のある作風で、これ1冊では好きとも嫌いとも 判断したくないって気がしたな。人には強く勧めないけど、この作家さんの本がまた翻訳されたら、ぜひ読んでみたい。 | |