すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
「カヴァリエ&クレイの驚くべき冒険」マイケル・シェイボン (アメリカ)  <早川書房 単行本> 【Amazon】
1939年の秋、ニューヨークのブルックリンに住む17歳のユダヤ人青年サム・クレイマン(クレイ)は「スーバーマン」 の登場で黄金期を迎えたコミックス誌に熱中し、いつかは自分も、と模写や試作に励んでいた。しかし、じっさいの仕事は エンパイア新型商品会社の倉庫係、社長アナポールの許しを得て、たまに商品のイメージイラストを描かせてもらっている程度だ。 そんなサムのもとに突然、プラハから従兄がやってきた。従兄の名はジョー・カヴァリエ、19歳で美術学校の学生だったが、 マジックの大家コルンブルムのもとで、脱出マジックの修行も積んでいた。ジョーは師匠コルンブルムに助けられ、 ナチスドイツの迫るユダヤ人にとっては危険なプラハから亡命してきたのだ。サムはジョーの描いた絵を見て、すぐにその才能に気づくと、社長のアナポールに掛け合い、 コミック雑誌の出版の内諾をとった。絵はジョーが、ストーリーはサムが、二人は協力しあい、コミック界に新たなヒーローを生み出した。 ヒトラーと戦い、迫害されている人々を解放するヒーロー”エスケーピスト”だ。
にえ この本は、ピュリッツァー賞受賞作、私たちにとっては2冊めのマイケル・シェイボンです。
すみ 本当はこっちを先に読もうかと言ってたんだけど、表紙からしてスゴイ軽そうな小説だなと思って 避けちゃったのよね。今言えることはただ一つ、表紙なんか気にせずさっさと読めばよかった(笑)
にえ 表紙もそれっぽいし、二人の青年がアメリカン・コミックスの世界で成功する物語っていうから、 まあ、それなりかなと思ってたんだよね。でもじっさいは、十代から三十代までとはいえ、二人の男性の波瀾万丈の生涯を書き尽くしたって 言ってもいいような、味わい深い小説だった。
すみ それにしても、すごいスピードで突き進んでいったよね。長編好きの私たちにはかなり残念なんだけど、 原書はこの3倍の長さなのだそうな。
にえ 翻訳者さんが手を抜いたわけではなくて、マイケル・シェイボンが他言語に翻訳される場合のために、 こっちの短いバージョンを用意してあったのよね。
すみ もとの3倍の長さのものだったら、アーヴィング好きには全員勧めたいところかも。 でも、この長さなら、アーヴィング読んでみたいけど長いからな〜って言ってる人にもお勧めできるかもしれないね。ただ、場面展開も早くて、 駆け足で話が進んでいくから、振り落とされないようにご注意を(笑)
にえ まあ、アーヴィングの小説はまとまっているようで膨張してしまってまとまりがなくなっているようで、 それがまた魅力だったりもするんだけど、こっちはグッとまとまりもよく、文章も簡潔できれいだよね。各章ごとのしゃれたユーモアでしめる ワンパターンには、ちょっと若さを感じたけど。
すみ 主人公は二人、ユダヤ人青年のサム・クレイとジョー・カヴァリエ。漫画描いてるからって、 ちゃらちゃらした青年たちだなんて思ったら大間違い、二人とも大きな問題を抱えてるの。
にえ サムは自分が女性ではなく男性を愛してしまうことに気づき、そこからはつらい人生よね。
すみ 別に同性愛者でもいいじゃないと思ったら大間違いだからね。当時の同性愛は犯罪、 まわりに気づかれれば親族まで白い目で見られるだろうし、警察に捕まれば犯罪者として扱われちゃう。
にえ ジョーは両親と幼い弟をプラハに残してきたから、どうしても コミックスで成功してお金を稼いで、彼らをアメリカに連れてきたいのよね。でも、戦争はひどくなる一方で、いざ成功してお金ができて も思い通りにはいかなくなっちゃって。
すみ しかも、ジョーはナチスドイツと戦う手段をコミックスのなかに見いだすのよね。 つまり、ヒーロー”エスケーピスト”の最大の敵は、ヒットラー。そのために、爆弾をしかけられて殺されそうになったり、ハードな戦い。
にえ ハードな戦いと言えば、「スーパーマン」の出版社から著作権の侵害だと訴えられたり、 ボスのアナポールとは、最初に交わした契約のために、権利と収入をめぐって争わなければならなかったり、現代のアメリカの がんじがらめの法社会の変遷を見るようでもあったよね。
すみ 二人はずっと一緒にいるわけじゃなくて、途中からは別々の人生を歩むことになるんだけど、 とくにジョーはヨーロッパから日本、アメリカ、南極などとずいぶん飛び回った。
にえ 恋もあれば別れもあり、けっこうキッツイ人生だよね、二人とも。 でも、シリアスな中にホッとさせる笑いも散りばめられてて、心地よく読めたな。
すみ 愛と友情の物語でもあったけど、アメリカの近代史を見るようでもあったよね。 戦争と戦争の傷跡、著作権などの法の確立、少しずつ進んでいく同性愛への正しい認識、大衆文化の変遷、アメリカ近代史のすべてがあったような気がする。
にえ 脇役もみんな個性があって、表と裏の両方の人生が見えてくるような人ばかりで良かったよね。
すみ ジョーの恋人ローザが好きだったな。ぐちゃぐちゃの部屋に住んでる芸術家でもあるけど、 人の心をよく理解する女の子でもあって、キュートだった。
にえ 有名人もたくさん出てきたけど、なかでもサルバドール・ダリがいい存在感だったよね。 マイケル・シェイボンが創作のエピソードまで用意してくれてたんだけど、それがまたダリっぽくて、本当の話かと思っちゃう。
すみ 最初のほうのプラハからの脱出はドキドキしたし、新しいコミックスのアイデアを出して成功 していく課程では胸おどったし、最後のほうでは涙がこぼれそうになったし、二人の人生の辛さも楽しさも全部良かった。
にえ そうそう、翻訳者の方は知ってて当然だと思って書いてなかったんだろうけど、 アメリカでは日本とちょっと違って、シリーズ漫画の著作権は完全に出版社にあるの。だから、人気の出たシリーズは、 途中から描いてる人が代わって、同じ出版社で出版を続けるってことは常識。これはわかってないと、わかりにくい部分がありますよ。
すみ マイケル・シェイボンはやっぱり素晴らしい。洒落ているけどハートフルで、ストーリー作りも人物作りも うまくって、もう惚れ込んじゃう。もちろん、オススメ。