すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「グルーム」 ジャン・ヴォートラン (フランス)  <文藝春秋 文庫本> 【Amazon】
片足に障害がある青年ハイムは、中学美術教師ではあったが、赴任先の学校ではいつも生徒に虐められ、 すぐに辞めてしまう。ほとんどの日々を、もともとは靴職人が店舗兼住居として建てた、エレベーターつき の古い家で過ごしていた。一緒に暮らす母親イルマはハイムをいつも心配してなにかと世話を焼くが、ハ イムに怯えてもいる。ハイムは自分の想像世界につきあってくれないと怒りを爆発させ、ときには気まぐれ で飼い猫を殺すことさえあるからだ。ハイムの想像世界では、ハイムは12才の障害のない少年で、アルゴン キン・ホテルという規模の大きなホテルで客室係をしている。女性客に対しては、なにの世話までする優秀な 客室係だ。向かい側のアパルトマンにビング氏というもと画商で、アメリカから来たじつは金持ちらしき老人 をかくまっている。ビング氏は12才のハイムに言う、殺人者としてのスタートを切るために、まずは自分を 殺してくれ。
にえ 翻訳本としても3冊め、私たちにとっても3冊めのヴォートランです。
すみ ヴォートランはもともと映画監督だったんだけど、小説を書くようになって、 フランスで始まったネオ・ポラール(ロマン・ノワール)という新しいタイプのミステリーの旗手的存在となった人なのよね。
にえ 現在のヴォートランはロマン・ノワールから抜けて自伝的な小説を書いたりして、 それからまたロマン・ノワールものを書いてるらしいんだけど。
すみ 「グルーム」は、最初の頃のほうのロマン・ノワール期の代表的な作品なのよね。 それに、翻訳本になった前2作よりちょっと長めだった。
にえ でも、相変わらず、内容のわりにはスルスルッと読めちゃったけどね。
すみ それにしても、前に読んだ2作とかなり内容が違ってたよね。前の2作がほとんど 似たり寄ったりのストーリーだったから、ちょっと驚いた。
にえ 前の2作は、舞台は現代のパリなんだけど、殺伐としたSF世界みたいな都市で、 登場人物はみんな狂気を含んでいて、そこで派手な犯罪が起こり、犯人も狂ってるけど、追いかける刑事も狂っちゃってるという、 そういう破綻しかかったようなケバケバしい小説だったのよね。
すみ それに比べると、これはきれいにまとまってたよね。なんといっても、 比較的まとも、正常人と言っていい女刑事が出てくるし。3冊めでやっと正常な人が出てきたって感じ(笑)
にえ それに、主人公のハイムは狂ってるけど、狂い方がまだ理解の範囲内というか、 普通の狂い方じゃなかった? って言い方じたいが変なんだけど。
すみ ハイムは現実社会に適応できない、典型的な引きこもり型人間。 いい歳をして自分の空想世界に本気でどっぷり浸かりこんでるのよね、まあ、普通かな(笑)
にえ どうやら母親が変な育て方をしちゃったらしくて、それが原因らしいんだけど。 この原因というものがちゃんとあるだけでも、ヴォートランの小説としては、今までになく正常だよ。
すみ ハイムの母親のイルマは、ドイツ軍人の情婦だった記憶にいまだ身も だえしながら、息子を過保護にして、心配しているようでも自分の性的な空想遊びにつきあわせたりして、 もうダメダメ母なのよね。
にえ ハイムの空想世界では、ハイムは12歳で頭のいい少年。で、なぜか 12歳なのにホテルで働いてるの。
すみ 空想世界の登場人物はなかなか魅力的なのよね。もちろん、みんな狂っちゃって るんだけど。ハイムに性的な奉仕をさせようとするアメリカの婦人や、ハイムの相談相手になってくれるビング氏、ファンク・ロックに 心酔している同僚の黒人青年テディー、それに、ベトナム戦争で常軌を逸してしまったテディーの兄のシド。
にえ ハイムは途中から、このシドっていう人になってしまうのよね。シドは暴力的で、シド・ヴィシャス、 つまり凶暴なシドっていう渾名があるんだけど、シドはとうとう女性を殺して、その血でヴィシャスって壁に書くようになるの。
すみ じっさいには、現実社会でハイムが女性を殺すようになって、それを 空想でシドがやったことにしてしまってるんだけどね。
にえ ハイムはどんどん凶暴になっていき、だんだん行動もエスカレートしてきちゃう。抑えられた怒りが爆発、暴走っていうのは、 ヴォートランの定番ともいえるかな。で、ハイムを追うのが女刑事のサラ・ドッドルドー。
すみ サラは赤毛のお色気ねえちゃんだけど、ちゃんとした刑事になろうとがんばってて、なかなかかわいい女性だったよね。 ヴォートランの小説のヒロインはみんな赤毛なんだけど〜(笑)
にえ それと知らずにサラと出会ったハイムはサラに恋をして、追ってるような、求められてるような、 二人のあいだは火花散る、不思議な関係になっていくの。
すみ それにしても、この人の小説は好き嫌いが分かれるだろうね。不条理の暴力とか、汚らしく描かれた性的な欲望とか、 嫌悪の対象になってしまうかもしれない。
にえ 私はハイムがかわいそうでしょうがなかったけど、気持ち悪いと思っちゃったら、この小説読むことじたい辛いかもね。
すみ でもねえ、世界観が退廃してるんだけど不思議に詩的な透明感のようなものがあって、汚らしいんだけど極彩色の美しさもあって、 なんとも言えない魅力のある方ですよ。オススメ度としては、お好みでどうぞ、責任はとりませんって感じかな(笑)