すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「ハルーンとお話の海」 サルマン・ラシュディ (イギリス)  <国書刊行会 単行本> 【Amazon】
むかしむかし、アルファベーという国に、悲しい町がありました。とても悲しい町で、悲しみに押しつぶされて、 町は名前もすっかり忘れていました。そんな悲しい町に、ハルーンというとても幸せな少年が暮らしていました。 父親のラシードはとても有名なストーリーテラーで、口からつぎつぎ飛びだすホラ話や小話、珍妙な話のため、 「戯言の王」というありがたいような、ありがたくないような渾名を付けられるほどでした。母親のソラーヤは やさしく、いつも歌をうたっていました。ところがある日、ソラーヤは歌をやめ、近所の陰気な役所の職員セングプタと 駆け落ちしてしまい、ラシードはショックで、お話ができなくなってしまいました。ラシードにお話をとりもどすため、 ハルーンは水の精モシモの助けを借り、お話の国オハナシーへと旅立ちました。
にえ これは、ブッカー賞作家サルマン・ラシュディが書いた子供向けのファンタジーです。
すみ ラシュディは、例の問題作「悪魔の詩」でイスラム教を冒涜するものとホメイニ師から 糾弾され、命の危険にさらされて潜伏生活をしていたときに、この本を書いたのだそうな。
にえ となると当然、児童向けファンタジーとはいえ、じつは寓話のようなもので、 裏には宗教、政治批判とか、そういう深い訴えがあるものなんじゃないの?と勘ぐりたくなるところだけど、 これはラシュディが自分の息子のために作ったファンタジーで、裏はいっさいなしの本当に子供向けの楽しいお話。
すみ さらわれたお姫様が性格が悪くて、顔も不細工だったりとか、いかにも 父親が話して、息子がクスクス笑うようなお話に仕上げてあるよね〜。
にえ ラシュディのお父さんも、千一夜物語のパロディみたいなお話を、ラシュディに毎晩してくれていて、 ラシュディも息子にこういう話をしてあげてるんだとか、いいねえ。
すみ 父親から作り話を聞かされるっていっても、その父親がサルマン・ラシュディとは豪華だよねえ。 うらやましいかぎり。この本は、そのうらやましい豪華のおすそわけってところだね。
にえ それにしても、日本では、「悪魔の詩」からは12年ですか、ずいぶんと間があいて、 すべてが終わった今になって、この本が出ることになったから、さほど違和感はないけど、イギリスやアメリカの 読者はそうとう驚いただろうね。「悪魔の詩」の次にこの本が出版されたんだから。
すみ 腰がくだけただろうね(笑) 「悪魔の詩」で騒ぎが冷めやらぬなか、 すわラシュディの新刊だと手にとってみれば、オハナシーだの、モシモとデモモだのパーチク姫だのってキャラの 登場する、脳天気なこのファンタジーだもの。なんだこの人は?!ってかんじだったんじゃない?
にえ あとがきに、有名人の推薦文が載ってたけど、それがまた笑えたよね。 スティーブン・キングとナディン・ゴーディマーなんだもの。この異色の組み合わせに私は驚いた(笑)
すみ さてさて、スティーブン・キングもナディン・ゴーディマーも大絶賛の このファンタジーなんですが、童話的でもあり、SF的でもあり、パロディーっぽくもあり、本当に子供に読んであげれば 大喜びするようなお話だったよね。
にえ つまりは、まさに今時の子供たちにピッタリなファンタジーなんだよね。
すみ そうそう、ハルーンが旅立つきっかけが、お母さんの駆け落ちでしょ。ええっと 思ったけど、今時の子供は、駆け落ちとか不倫とか離婚とか、もう知ってるのよね(笑)
にえ オハナシーの国の説明で、じつは地球の惑星だけど、回転速度が速すぎて発見され ていないんだとか説明してあったでしょ、あれなんかも、いかにも今時の子供にお伽噺をしたら、子供にそれはどこにあるんだとか、 どうして地図に載ってないんだとか質問責めにされて、お父さんがしそうな説明だよね。クスリと笑えた。
すみ たぶん、ラシュディ家でこのお話をするときは、お父さんのラシードがサルマン・ラシュディで、 ラシュディの息子がハルーンって感じで、話がされているんだろうね。楽しいお話がたくさんできるラシードは、いかにもサルマン・ラシュディだもの。
にえ それでもって、もしお母さんが、お父さんとおまえを残していなくなっちゃったらどうする? なんて話を進めていくんだろうね。そうだね、ハルーンもおまえみたいに優しい子供で、お父さんを慰めようと一生懸命だったんだよ、なんて。
すみ 妻のソラーヤに去られたラシードは、政治家の応援演説にかりだされて、 ツマラン湖ってのがある地方まで行くんだけど、ショックでいつものようにお話ができないのよね。そこに現れたのが、 オハナシーの国から来た、水の精のモシモなの。
にえ モシモは水の精だから、バスルームから現れるんだよね。このへんも いかにもって感じで、ほほえましいなあ。
すみ ハルーンとモシモがたどりついたオハナシーでは、シキタリ団の教祖 イッカンノオワリが闇の世界からオハナシーの国を攻めようとしてるのよね。
にえ そこで、ハルーンはおばかなピーチク王子を助けて、さらわれたパーチク姫の救出と、 お話の湧き出る泉があるお話の海を闇の手から救うために戦うことになるという、まあ、ありがちな童話なのだけど。
すみ でも、登場キャラが癖があっておもしろかったり、SFのようで、ホラ話のような 道具がたくさん出てきて、これまたおもしろかったり。どうも児童文学慣れしていない私はモタモタと読むしかなかったけど、 それでも楽しめたよ。
にえ テンポのよい語り口も小気味よかったよね。トトノエールとか、ツマラン湖とか、名前がみんな おもしろいし、「2932DA」と書いて「フクザツダー」と読む、なんて、いかにも子供が喜びそう。
すみ 単純に子供を楽しませるってかんじの本だから、大人に勧めるのはどうかなと思うけど、 お子様がいる方には、贅沢で楽しい児童書ってことでオススメ、あとはサルマン・ラシュディの書いた児童文学 に興味がある方は、お試しあれ。