=「すみ」です。 =「にえ」です。 | |
「パイド・パイパー」 ネビル・シュート (イギリス)
<東京創元社 文庫本> 【Amazon】
1940年、私は会員になっているロンドンのクラブで、ジョン・シドニー・ハワードという老人と知り合った。 背が高く、痩せている、年齢は70歳。ハワードは引退した弁護士だった。空襲で他の者たちは防空壕に避難したが、私とハワードはグラスを傾け、 会話を楽しむことにした。釣りの話が出たところで、ハワードはこの夏に釣りをしようとフランスへ行ったことを話しだした。 しかし、三ヶ月前にドイツ軍が侵攻して以来、フランスへは行けないはずだ。それを問うとハワードは、 フランスに行ったのは4月、それから滞在し、ひと夏を過ごすつもりだったと答えた。ところが、ドイツ軍の 侵攻で、急にイギリスに帰らなくては行けなくなった。しかも、ハワードは一人で帰ってきたのではなかった。 同じホテルに滞在していた女性に、夫はジュネーヴの国連に勤めているのでここを離れられない、自分の代わりに 幼い息子と娘をイギリスに一緒に連れて帰ってほしいと依頼されたのだ。そこから、ハワードのフランス脱出の困難な旅がはじまったのだった。 | |
これはね、読んでいる間じゅう、なんか懐かしいような、不思議な違和感があったんだけど、 読み終わって巻末のあとがきを見て納得、新刊かと思ってたら、初めて出版されたのは1942年って本でした。 | |
ネビル・シュートは1899年生まれ、第一次世界大戦も、第二次世界大戦も生き抜いた人なのよね。 でも、この本に古さはまったく感じなかったけど。 | |
うん、まったく古さはないの。ただね、最近の小説の戦時中を描いた作品とは、明らかに違ってた。 最近の戦時中を書いた小説って、書いた作家自身が戦争を経験してなくて、そのために必死でリアリティーを追求しているようなところがあるでしょ。 この本にはそれがなかった。 | |
たしかに甘いってことはないけど、お目こぼし的にうまく事が運んでいくストーリー展開なんだよね。 | |
じっさいに戦時中を経験している人が、経験している人たちに向けて書くと、こういう小説になるんじゃないかな。 あのつらい戦争のなかでも、こんないい話があったんですよ、みたいな語り口。 | |
たしかに、最近の作家さんが書いたら、もっと悲壮感を出して、切羽詰った感じに仕上げてたかもね。 | |
経験してない作家さんは、さも経験したかのような迫力で書かなくちゃいけない、経験している作家さんは、 克明に戦争を語れば、ただの記録文章になってしまうから、こういうことがあったらいいなって話を書く、これっておもしろいよね? | |
でも、この本は戦時中の話なのに、明るさや優しさに満ちていたけど、やっぱり流れの自然さや陰に隠れた戦争の怖さみたいなものは しっかりとあったよね。それは経験がある人が書くからなんだろうなあ。 | |
ホントに優しさに満ちたお話だったよね。なんといってもまず、この主人公のハワードが 心地いい人だった。 | |
いかにもイギリス紳士ってかんじの人なのよね。どんなに困った状況になっても、人に迷惑をかけたくないって 遠慮があって、礼儀正しくて、でも、いざというときはがんとして意志を押し通すおじいちゃん。 | |
ハワードおじいちゃんはカリカリしたり、イライラしたりせず、いつも自分の感情は抑えて、 冷静に子供たちのことを考えてたよね。 | |
最初は二人の子供を連れて出発したハワードは、行く先々で縁があって、どうしても 断り切れない事情で子供を預かっていき、だんだん連れて行く子供が増えていくの。 | |
子供たちは大騒ぎしたり、メソメソしたり、乗り物によって吐いたり、 とにかく他人の子供を預かるのは大変。でも、ハワードはいつも優しく接するのよね。 | |
子供たちとはちょっと距離があった。そこがまた良かったんだけど。ここは叱った方がいいんじゃないかとか、 ガツンと言ってわからせた方がいいんじゃないかと思うシーンが何回もあったけど、ハワードは言わなかった。 | |
子供は今のまま、ありのままにいてくれればいいと思ってたみたいね。戦争に傷ついて、すぐには立ち直れなくなってる 子供もいたから、ハワードの距離の置き方はありがたかったんじゃないかな。 | |
最初、ハワードがもっと子供の心を癒してやったりとか、そういうお涙ちょうだいものかと思って 読みはじめたんだけど、意外と淡々としてたよね。 | |
ハワードは、あくまでも子供たちを安全なところへ連れて帰りたいって だけで、子供の心をぐっとつかんで慰めてやろうとか、そういう考えは持ってなかったよね。それが心地よかったな。 傷ついた人の心にドカドカ入ってくるような人じゃなくて良かった。 | |
ハワードは子供たちを連れ、なんとかフランスを脱出しようと、汽車に乗ったり、バスに乗ったり、歩いたり、 とにかくいろんな方法を使い、乗り継いで進んでいくの。途中では、冷たい人もいたけど、優しさを失ってない人もたくさんいて、ドキドキして読みながらも、 いやな緊張感は味あわずに読めたな。 | |
戦争中だろうとなんだろうと、まず子供の命を最優先に考える人たちがいる、 これこそがリアリティーでしょ。 | |
どんどんドイツ軍が攻めてきて、ドイツと敵対するイギリスの国民であるハワードにとっては、行く先々に 危険が待ち受けていて。どうにか切り抜けて、子供たちを全員連れて帰りたい。さて、どうなるのでしょう。 | |
子供が中心になっていくのかと思ったら、あくまでも子供を救いたいと願う大人たちの物語だった。 もう読みだしたら、すぐ先になにがあるのかわからない場面ばかりで、読むのをやめられなくなってしまった。 | |
やさしい気持ちになれる、特級品の冒険小説だったね。読みやすいし。もちろん、オススメです。 | |