すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「絹」 アレッサンドロ・バリッコ (イタリア)  <白水社 単行本> 【Amazon】
1853年、南フランスのラヴィルデューという町に住むエルヴェ・ジョンクールは、軍人になるよう、 父親に望まれていた。ところが、ラヴィルデューを南フランス一の養蚕業と絹紡績にした男、バルダビュー に誘われ、蚕の売買を生業とすることになった。一月のはじめに出発してシリアやエジプトに 行って蚕の卵を買いつけ、四月の第一日曜日に戻ってくる。それから二週間かけて、卵を箱に詰め、卵を売る。 あとは、次の一月が来るまですべて休日、それでいて経済的には豊か、そんな優雅な生活だった。 ところが、蚕の疫病はアフリカやインドまで脅かすようになった。1861年、エルヴェの蚕も疫病に冒されていた。 エルヴェは、バルダビューの提案で、最果ての地、日本へ買い付けに行くことになった。そこには疫病に冒されず、 指で触れると、無をつかむような感触がする、最高級の絹織物ができる蚕があるという。
にえ 私たちにとって、3冊めのアレッサンドロ・バリッコです。とりあえず今のところ、 バリッコの翻訳本は、この『絹』と前に紹介した『海の上のピアニスト』と『シティ』の3冊だけみたい。寂しいねえ。
すみ この小説には、日本が出てくるのよね。日本人としては、イタリア人のバリッコが、 日本をどう書いてるんだろうとドキドキだったけど、読む前にバリッコに釘をさされちゃった(笑)
にえ 小説がはじまる前のページに、日本で出版されるにあたっての、パリッコ 本人からのメッセージがあったのよね。出てくるのは本当の日本ではなくて、ヨーロッパの人たちがイメージとして抱く日本、 つまり、日本であって、日本ではないって。
すみ 小説全体の雰囲気を味わう前に、揚げ足取りのようにディティールの 検証ばかりしまくる読者っているからねえ。
にえ 小説はあくまで小説、小説世界がきちんと成立してればいいのにね。 とはいえ、やっぱり自分の国が舞台になってると、どうしてもいろいろ気になってしまうだろうからって いうバリッコの配慮でしょ。
すみ そうそう、実は私も、ハラ・ケイとか、テラダとかって単語が出てくるたびに、 ピクピク反応してしまった(笑)
にえ 蚕の卵を買うために日本に来たエルヴェは、テラダの浜にたどり着いた後、 場所も秘密とされている山里で、ハラ・ケイってボス的な人物から、蚕の卵を買うことになるのよね。
すみ ハラ・ケイはあの原敬の通称からとったみたいだけど、言葉の響きがイタリア人には 心地いいみたいね。
にえ 私たちが、小説「海の上のピアニスト」の主人公の名前ノヴェチェントが、映画の ナインティーン・ハンドレットより美しい言葉の響きに感じられたのと同じ感覚だろうね。異国の、耳慣れない言葉だけ ど、なんだか余韻があって美しい。
すみ ハラ・ケイは絶対的な権力者で、村の人たちは表だって媚びた態度をとる わけでもないけど、常にハラ・ケイの存在を意識して、気を遣いながら生きてるのよね、こういう感じも、 日本っぽいってことかな。
にえ なんか威圧感のある人だったよね、ハラ・ケイって。静かで、よけいなことはいっさ い言わないんだけど、なんか一緒にいると息が詰まってきそうな人。こういう怖さって、西洋人が東洋人に対して感じる 怖さにつながっていくんだろうね。なんとなくそれはわかるような気がする。
すみ で、エルヴェは、ハラ・ケイのそばにいつもひかえている、少女のような 顔立ちの女性に恋をしてしまうの。フランスで、素敵な奥さんが待っているんだけど。
にえ 少女のような女性っていうのが、よくわからない謎の女性なんだよね。 西洋人みたいなんだけど、言葉は日本語しかわからないらしいし、あまり感情表現をしないし。
すみ エルヴェの見た幻なのかなって思わせるような存在感だよね。ふっと消えたよ うにいなくなるし、周りの人はその女性がいないかのように振る舞うし。
にえ だんだん恋をしていくエルヴェも、恋をしているのか、惑わされてるだけな のか、ゆらゆら揺れてて、カゲロウのような恋だよね。相手の女性の気持ちも、今ひとつつかめなくて。
すみ よく浮気をした男性が、あとで反省して、目が覚めましたって言う でしょ、浮気をしている間は、こういう夢の中みたいな、酔ってるみたいな状態だから、終わったあとで目が覚めたなんて言うのかなあ、 なんて思ってしまった(笑) 女の恋のしかたではないよね。森田芳光監督の「それから」って映画にも、こういう 幻を見てるみたいな、恋のシーンがあったね。
にえ で、エルヴェは日本とフランスを往復し、気になる存在である少女顔の女性が心に占める割合は、 どんどん大きくなっていき、フランスに帰れば、かえって奥さんに優しくなり、と、二重生活のような状態になっていくの。
すみ 日本の女性と契りをかわすとか、そういうところまでには至らないから、 あくまでも、精神的に二重生活よね。心が二つの場所にある、みたいな。
にえ そして、この精神的な二重生活はどうなるのかという結末がある、わりあい と単純なお話なんだよね。「シティ」の複雑さと期待すると、肩すかしを食らっちゃう。
すみ 結局、これは誰かに感情移入する話でもなく、ストーリーを楽しむものでもなく、 この幻想の国、日本という雰囲気と、日本語の単語の不思議な音の響きを楽しむという、そういう小説なのよね。
にえ うん、イタリア人がイタリア語で楽しむべき小説であって、日本人が翻訳で読んで どうこう言う小説ではなかったってのが正直な感想だねえ。
すみ イタリア人の中にある日本のイメージってこんなかな〜という楽しみ方は できたけどね。不思議な雰囲気が心地よくもあったし。胸をつく結末も含めて、悪くはなかった。でも、女と か日本とかに、あんまり幻想を抱かないほうがいいよ、なんて言ってみたりして(笑)