すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「アイスマン」 ジョー・R・ランズデール (アメリカ)  <早川書房 単行本> 【Amazon】
仕事もせず、母親の家に住んで、母親の年金のおこぼれをもらって暮らしていた青年ビルに危機が迫っていた。 母親が死んでしまったのだ。遺言で、遺産は全額、病気の猫たちのために寄付されてしまう。年金を止められてしまう。 とりあえず、死亡届を出さずに死体を放置しておいたが、だんだん臭いはひどくなってきたし、年金の小切手はサインが 真似できずに換金できない。ストックの缶詰も食べ尽くしそうだ。そこでビルは仲間を誘い、花火の屋台を襲って、 売上金を奪い取ることにした。しかし、これまた散々な結果で、命からがら沼地を抜けて逃げることに。 やっと助けてくれたのは、フリーク・ショーの一団だった。
にえ これは日本では出版の順序が逆になってるけど、「ボトムズ」の前に書かれた作品だそうです。
すみ 「ボトムズ」は少年が主人公で、家族のあたたかさを感じさせてくれる小説だったけど、 これは、もっとカサカサと乾いた印象だったよね。
にえ 主人公のビルが映画「エデンの東」のジェームス・ディーンに似ていたり、フリーク・ショーの 団長フロストとその妻ギジェットがきっちり善と悪に分かれてビルをそれぞれの道に導こうとしたり、アダムとイヴの話やキリストの話が 象徴的に使われていたり、ついつい裏読みしたくなる小説だった。
すみ そうだね、登場人物に惚れ込んだりとか、どうなっていくんだろうとワクワクするタイプの小説じゃなくて、 全体でひとつの象徴的な話としてまとまってるって感じだった。
にえ 最初はね、かなりスリルのあるサスペンスタッチなの。強盗に行って、保安官代理に追いかけられ、 撃って撃たれてでハラハラもの。
すみ それから、迫力のある沼のシーンになるのよね。「ボトムズ」では沼を含めた湿地帯の魅力が 語り尽くされてたけど、こっちでは、沼の怖さが伝わってきたよね。
にえ ヌマヘビが怖かった〜。沼にはたくさんのヌマヘビがニョロニョロと、それが一斉に襲いかかってきて……、きゃ〜(笑)
すみ ランズデールの小説では、ヌマヘビとか、異常発生した虫とか、アルマジロとか、とにかく南部アメリカの 生き物たちの生態が効果的に使われてるよね。
にえ 同じアメリカでも、湿地帯の南部って独特だよね。
すみ で、沼から抜け出すことができたビルがフリーク・ショーの一団と出会って、 本筋の話がはじまるの。
にえ フリーク・ショーについては、私たちはキャサリン・ダンの「異形の愛」で、どんなものだかわかったけど、 要するに、奇形の人を見せ物にする巡業ショーなのよね。
すみ トレーラー数台で移動して、行く先々の広場なんかを借りて人を集めて、 各小屋で入場料をとるって仕組み。
にえ 小屋にいるのは、ひげが生えてる女とか、体がくっついて頭が二つのシャム双子とか、頭が異常に小さかったり、 大きかったり、体の半分が男で半分が女の男女とか、そういう人たち。
すみ 日本でも昔、ちょっと似た見世物はやってたみたいだよねえ。蛇女とか、怪力男とか、もうちょっと嘘っぽいというか、 ショー的な見世物だったみたいだけど。
にえ 日本のは子供だましで、ちょっと今の世には通用しなくて衰退したのかな。 アメリカのフリーク・ショーは、単純に奇形を見せる見世物だから、差別とか、そういう問題で、すたれていってるみたい。本物が、どの程度のものかはわからないけど。
すみ 「異形の愛」にも出てきたけど、奇形で生まれて育たなかったホルマリン漬けの赤ん坊の瓶が陳列されて いるのは本当っぽいよね。
にえ フロストの一団では、それに加えて、アイスマンという見世物があるのよね。氷づけにされた男の死体。 アイスマンの正体が、観客たちに話しているようにネアンデルタール人なのか、それともってのが、ひとつの興味深い謎になってた。
すみ 秘密は、最後の最後にあかされるのよね〜。
にえ すべての人を愛し、親切に接しようとするフロストや、親友になった犬男コンラッドのおかげで、 ビルはやっと人間らしい思いやりのある男になっていくのだけれど。このへんの描写はちょっと雑な気がしなくもなかったな。
すみ ギジェットがお色気ふりまいて悪だくみに誘うのよね。親愛と欲望の はざまで揺れるビルの心理描写は、なかなか細やかだった。ビルは、どんな決断をくだし、どんな運命が待 ち受けているのでしょう。
にえ ランズデールを何冊か読んできた読者は、こういう小説も書くのね〜と まだ驚かされるんじゃないかな。
すみ かなり物語作りに徹していて、ドライな印象。好き嫌いは分かれるかもね。