すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「最後の場所で」 チャンネ・リー (アメリカ)  <新潮社 クレストブックス> 【Amazon】
ニューヨーク郊外の小さな町ベドリー・ランの古くからの住人フランクリン・ハタは引退した薬局屋の 店長だが、敬意をこめてみんなからはドク・ハタと呼ばれている。ドク・ハタのことをみんなは日本人だと 思っているが、本当は日本人の家に養子に出された在日韓国人で、戦後、アメリカに渡ってきたのだ。 ドク・ハタは人に親切であること、高級な住宅地ベドリー・ランの一級の住民であることを心がけながら 生きてきたが、心のなかには暗い過去がいつもあった。日本軍で中尉として医療に携わっていたときに知り合った、 自分と同じ韓国人の従軍慰安婦Kとのこと、養女としてもらいうけたが、心が通じ合えなかった韓国人少女サニー のこと、うまくいかなかった恋。深い悔恨の念を抱きながら、ドク・ハタは思い出す。
にえ これは出版社の紹介の、「カズオ・イシグロの『日の名残り』以来の 傑作と絶賛された」ってところだけを見て手にとったから、かなり予想してた感じとギャップがあって戸惑ってしまった。
すみ 第二次世界大戦中の日本軍の従軍慰安婦問題がクローズアップされている話だとはまったく知らずに 手にとったから、心構えができてなかったのよね。
にえ チャンネ・リーは1963年ソウルで生まれで、精神科医の父親に連れられて アメリカに移住したコリアン・アメリカン。この本を書く数年前までは従軍慰安婦についてまったく知らなくて、 知ったときに衝撃を受けて、もと従軍慰安婦の人たちから話をきいて小説にしようとしたけど、納得がいかず、 この形で小説にしたのだそうな。
すみ 従軍慰安婦の話は、私たちにとっては本当につらい。日本軍がやった悪行のなかでも 最悪。自分たちが従軍慰安婦にされるぐらいなら死んだほうがましだと思うから、同じ女性として、そういう目に遭った人 たちがいるってことが堪えられないし、それを自分たちと同じ日本人の男がやったと思うと、もう、どうしていいのかわからなくなる。
にえ だから、「日の名残り」のような、ノスタルジーとユーモア、そして ちょっと切ない話、みたいなものだと思って読みはじめてしまったことで、ギャップが衝撃になってしまったよね。
すみ でも、チャンネ・リーは批判し、攻撃するんじゃなくて、柔らかく淡々と 書いてくれてて、どういうことがあったのか知ってほしいという気持ちがヒシヒシと伝わってきて、私も目を逸らさずに 夢中で読んだ。
にえ 主人公ドク・ハタの存在が大きいよね。
すみ ドク・ハタは韓国を知らない韓国人で、高等な教育を受けるために 日本人の高畑夫妻に養子に出され、そこで大事に育ててもらい、日本人の友だちもたくさんできてたから、 日本人に恨みや怒りを持つ人、というわけでもないの。
にえ むしろ、日本軍の兵士として自分がやってしまったことに、深く深く 傷ついてるのよね。
すみ 読みはじめのうちは、なんにもわからなくて、ただ人によく思われたいって 必死で取り繕っているようにしかみえないドク・ハタに、ちょっと反感を持った。
にえ 当たり障りなく、悪く思われないように気遣いながら話す人だから、 一見すると心の冷たい、世間体ばかり気にする人に見えてしまうのよね。
すみ だから、養女のサニーはなつくこともなく、息苦しさに堪えられずに 出ていってしまうし、結婚する直前までいっていた未亡人の女性も、ドク・ハタに失望して去っていってしまうの。
にえ それでもドク・ハタは、自分がみんなに好かれているとか、信用されているとか、 大きな家に住んでいるとか、財産があるとか、そんなことばかり言ってるのよね。なんだか必死すぎて、哀れにさえなってきた。
すみ そのうちに、過去のことが少しずつわかってくるの。上官である軍医を 盲目的に尊敬していた若き日のドク・ハタの姿。
にえ 目の前にある死におびえる戦友たちは、みな少しずつ精神を病んでいるのよね。 そこに現れるのが、騙されて連れてこられた従軍慰安婦たち。ドク・ハタはその中の一人、Kを愛してしまうの。
すみ ドク・ハタとKの会話に、男と女の考え方の違いをすごく感じたな。 Kは慰安婦になるぐらいなら死んだほうがいい、殺してくれって言うんだけど、ドク・ハタは、この場は やり過ごして、戦争が終ってから幸せに暮らせばいいって言うの。
にえ 私にはKの気持ちがよくわかるんだけど。慰安婦になって自分の人間 としての存在を全否定されるぐらいなら、人間として死んだほうがましだし、一回でもそういう扱いを受け たら、一生もとの人間には戻れない。でも、ドク・ハタにはわからないのよね。戦争で死が目の前にあって、 死が一番怖いと思ってる。この溝は埋められないよね。
すみ 売春婦が売春するのと、慰安婦にされるのは全然違うんだけど、 男には理解できないんだね。我慢すればいい、時間が経てば忘れると思ってる。とんでもないよ。
にえ でね、この戦時中の部分は日本人が読むと、ちょっと日本人のしゃべ り方がおかしかったり、軍隊内の描写に違和感もあるかもしれないけど、そういう細かい部分にこだわりす ぎずに読んでほしいな。
すみ そういう話と、現代、それからアメリカで今までやってきたことなどが 交互に現れ、つづられていくのよね。
にえ 自分は尊敬されているベドリー・ランの住民だと言いつづけながら、 流民意識みたいなものが消えずにおびえているドク・ハタの気持ちも、だんだんとわかっていくの。
すみ 他人に対して怒りを持たず、感謝と懺悔だけを抱きつづけるドク・ハタが とにかく切なくて、最後のほうでは、わかってあげてよと叫びたくなってきた。
にえ でも、柔らかな陽射しがさしてくるようなラストには、癒される思いがしたよね。 やさしさに包まれたような心地よさ。
すみ 出版社の紹介をキチンと読んで、従軍慰安婦に触れてあるとわかってたら、 読む勇気が出なかったかも。結果としてはわからないままに読んでよかった。本当に良い小説だったので、こわがらずに読んでくださいね。