すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
「悩める狼男たち」 マイケル・シェイボン (アメリカ)  <早川書房 単行本> 【Amazon】
30ページ前後の短編を9作品収録。
にえ マイケル・シェイボンの短編集です。1999年に出版されたこの短編集が今年、2002年になって和訳 出版されました。私たちにとっては、この本が初マイケル・シェイボン。
すみ うん、マイケル・シェイボンは「カヴェリエ&クレイの驚くべき冒険」で 2001年度ピュリッツァー賞を受賞していて、気になってはいたんだけどね。
にえ まあ、結論を先に言ってしまえば、やっぱりピュリッツァー賞とる作家さんだわ、短編も 本当に上質で、極上のものばかり。長編も読もうと心に決めたのでした。
すみ とにかく、設定にしても、登場人物にしても、ストーリーの進め方にしても、 無理がないのよね。読んでるこっちは、本当にだれかの人生の切りとられた一部を見ているような気にさせられる。 それでいて、ほろ苦い味わいがあって。うまい作家さんだ〜。
<悩める狼男たち>
ポールには、ティモシー・ストークスという同級生がいた。ティモシーはアンドロイドやプラス チックマン、ブルドーザーなど、いつもなにかになりきってしまう。とうとう前日は狼男になりきって、 女生徒の喉に噛みついてしまった。いずれは特殊学校にやられるというが、ポールの困ったことには、 ティモシーは隣の家の子で、ポールの親友だと決めつけられていた。
にえ 初っぱなから、好きなタイプの話で、もうメロメロになってしまった(笑) 少年 時代の瑞々しさとほろ苦さがなんともいえなかったな〜。蟻の王国をつくって遊ぶポールも、なにかになりきってしまう ティモシーも、どこか懐かしいイビツな子供だった。
すみ ポールの両親の離婚、連れていかれるティモシー、二人の少年の幸せは、 すべて大人の手に握られてしまっているのよね。せつなかった。
<家探し>
ダニエルとクリスティの若夫婦は、家を買うことにした。そこでクリスティの父の友人である不動産屋の ホーグが、物件を案内することになった。ところが、ホーグが連れていったのは古いノルマン様式の大邸宅で、 二人にはまったく相応しくなかった。しかも、ホーグは家の鍵も開けられず、やっと入っても初めて来た家に 戸惑っている様子。これはおかしいと気づきはじめた二人だが。
にえ これはもう、次々やらかす意味不明なホーグ氏の行動に驚くやら、 笑ってしまうやら。
すみ よくはわからないままに、最後にはホーグ氏の苦しみが見えたような気がして、 胸につまされたね。
<狼男の息子>
世間を震撼させた”貯水池のレイプ犯”はつかまり、有罪となった。だが、それで終わりではなかった。 レイプ犯の二番めの犠牲者カーラは妊娠していたのだ。12年間、子供を作ろうと努力をした夫と離婚しようと していたところなのに。
にえ 他人の子供を産もうとするカーラに戸惑うばかりの夫がボロボロになり、それから 再生していく姿が淡々と書かれてたよね。
すみ 親子ってなんだろう、最初っから血が繋がっているから親子なのか、 だんだんと自覚が芽生えて親子になっていくのか、そんな先のことまで考えてしまったな。ホロッとする、 いいラストだった。
<グリーンの本>
三週間ばかり一緒に過ごしたのち、娘を前妻に送りとどけようとしていたグリーンは、母の親友エミリー・クラインの 長男の成人祝いのパーティーに立ち寄ることにした。
にえ これは、ふだん一緒にいない娘と、うまく接することができない父親の話。 父親が他人の家のパーティに巻き込まれて戸惑う姿と、娘に戸惑う姿がうまく重なって、ひとつの情景を作りだしてた。
すみ 父親は、これでも教育書の作家で、しかも自分が少年の頃に軽い気持ちでやったことが、 いまだにトラウマになって、自分が幼児性愛者じゃないかと悩んでるのよね。その滑稽さがなんともかわいかった。
<ミセス・ボックス>
検眼士エディ・ズワングは、新しい機械の開発に失敗して破産し、妻と別れて逃げている最中、 妻の祖母であるオリオールのもとに立ち寄ることにした。オリオールは亡き夫から贈られたネックレスを つねに身につけている。かなり高価な品らしいのだが。
にえ エディはかなりヤケになってるみたいだけど、根は小心者で、いい人なのよね。
すみ エディは、ちょっとボケてる老婆と二人きりになって、なにをやらかすのか、 やらかさないのか(笑)
<スパイク>
コーンは離婚する妻との調停のため、弁護士に会いに行くところだった。駐車場で、近所の家に住む ベングドという少年に会った。ベングドは父親を海で亡くしている。これから野球の練習に行くという ベングドを、コーンは送っていくことにした。
にえ 離婚と親子ってのがこの人の大きなテーマになってるみたいだね。 これも一方では離婚があり、もう一方で父性愛の目覚めみたいなものがあった。
すみ 何回も何回も、弁護士に予約してはすっぽかしてるコーン、離婚されても しょうがない人なのかも。でも、人として愛おしくなるな、この優柔不断さは。
<ハリス・フェトコの経歴>
フットボール選手のハリスは、自分の身に起きた不運を父親のせいにする傾向があった。父親は ろくでもないことを思いついては実行し、ことごとく失敗してきた男だった。その父から招待状を受けとった。 新しい妻とのあいだにできた子供の割礼式に来てくれという。ユダヤ教徒ではないはずなのに。
にえ お父さんはたしかに失敗つづきの人なんだけど、つねに友だちがまわりにたくさんにて、 手助けをしてもらえる人でもあるのよね。
すみ おまけに美しい新妻までできれば、息子はちょっと嫉妬しちゃうかも。 でも、父と息子の絆は、もっと深いところにあるのよね。
<あれがわたしだった>
ワシントン州にあるチャップ島は小さな島だった。限られたバーしかないので、いつも混んでいる。 そのなかの<パッチ>というバーに、まあまあ見栄えのする二人の男女が現れた。オリヴィエ・ベルケを探しているという。
にえ 小さなチャップ島で過去にあった不幸な事件と現在がうまく交差されてる 話だった。
すみ こういう、たいした人も文化もないまま、暮らしている人たちのいる島って、 なぜだか懐かしく感じちゃうのよね。なぜかしら。
<暗黒製造工場で>
1948年の秋、考古学の博士号取得をめざす私は、プランケッツバーグの遺跡で実地調査をはじめた。 だが、プランケッツバーグにある謎の多い工場のことが気になりだし、しだいに興味はそちらの方に移っていった。
にえ これだけがちょっと様子が違うのよね。これはマイケル・シェイボンの 長編小説「ワンダー・ボーイズ」に出てくる、オーガスト・ヴァン・ソーンという作家の書いたホラー小説って設定なの。
すみ ラストっていうより、途中、読んでいるあいだがとにかく怖かった。 薄気味の悪い田舎町で、秘密を隠し持った人々に囲まれて、一人ぼっちの恐怖をご堪能ください。