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 「煙突掃除の少年」 バーバラ・ヴァイン (イギリス)  <早川書房 ポケット・ミステリ> 【Amazon】
1926年7月6日生まれのジェラルド・キャンドレスは、受賞こそ逃したがブッカー賞候補となったこともある純文学作家ではあるが、 純文学作家としては珍しく、大衆に支持される作家でもあった。ジェラルドの家族は14歳年下の妻アーシュラ、 ロンドン大学で女性学を教える長女のサラと、弁護士をしている次女のホープ。ジェラルドは大変な子煩悩で、 二人の娘にとってジェラルドは、父親であるとともに母親でもあった。そんなジェラルドが、71歳で亡くなった。 担当編集者は、サラにジェラルドの回想録を依頼した。その時になって初めて、サラは若い頃のジェラルドについて 何も知らなかったことに気づいた。そして、調べはじめてみると、1926年7月6日に生まれたジェラルド・キャンドレスは、 5歳の時に亡くなっていることがわかった。では、作家のジェラルドは何者なのか。
にえ これはイギリスでは1998年に発表された作品で、和訳出版されて いるなかでは一番新しい、レンデル作品です。
すみ ルース・レンデルが別名義バーバラ・ヴァインを使って書いた作品としては、 「ステラの遺産」の次にあたるのよね。現在の人々の人生と、しだいにわかってくる隠されていた過去がリンクしていく ストーリー展開は似てた。
にえ 現在の話が、女性の恋愛、生き方を問うたような内容だったのも、かなり近いものを感じたよね。 ただ、過去に関しては、かなり謎解き要素が強かったから、「ステラの遺産」よりずっとミステリっぽかった。
すみ そうそう、この本の場合は、ジェラルド・キャンドレスって作家の過去 を探るって設定がポイントだよね。
にえ ジェラルドは現実にあったことをうまく浄化して小説に書くタイプの作家だから、 遺した19作品が、そのままヒントになってるの。
すみ けっこうヤナ奴なのが作品読んでるとわかるよね。可愛がっている娘 二人は、美化して妖精として登場させてるし、子供が欲しいだけで結婚して、娘二人が生まれると用済みのように かまわなくなった奥さんのことは、性欲をもてあます未亡人として登場させてるし。
にえ 姑が愚痴を言うのを親切に聞いてあげてるかと思うと、その言葉をそのまま 作品に利用してたりね。でも、これって作家としてはしょうがないのかもしれないけど。
すみ で、いざ亡くなってみると、その作家自身のことについては、 誰もよく知らなかったってのは、皮肉だよね。
にえ 妻のアーシュラは、よけいなこを言えば冷笑されてしまうだけだから、 ジェラルドにはなにも訊けなかったし、甘やかされて完全なファザコンになってしまった二人の娘は、 自分たちが賞賛されることに慣れすぎて、逆に父親のことを知ろうとしたことがなかったのよね。このへんの 詳細についての説得力はさすが。
すみ とにかく、遺した作品からたくさんのヒントが得られるの。ジェラルド・ キャンドレスは一人っ子だったはずなのに、作品にはやたらと貧しい大家族が出てきたりとか、従軍についての記述 があったりとか。とはいえ、作中作であるジェラルドの作品は、短い記述でまとめて読者をウンザリさせない気配りが きいてた。
にえ あとは、ゲームとか、二人の娘が幼い頃にしてあげていた自作童話とか、 いろんなヒントが散りばめられていて、こういう丁寧な伏線のはり方は、毎度のことながらホレボレしちゃう。
すみ ホレボレと言えば、今回はちょっと今までにない記述が目立ったけど、 それがまた冴えわたってたよね。
にえ この時代にはってやつでしょ。たとえばね、六十年代のレストランには、 たいしたメニューはなかったとか、この時代の女はこういう服装をしたものだとか、高齢の作者が書いたからこそ 説得力の出る記述がたくさん出てくるのよね。
すみ 高齢なのに若い作家にはりあって無理をするんじゃなくて、逆に、自分の高齢を うまく利用して、小説の説得力を増させる効果を出すなんて、やっぱりスゴイ人だ(笑)
にえ そして、そういう書き方をしていくことじたいが、暴かれるジェラルドの過去の 裏付けにもなっていくのよね。うまいわ〜。
すみ でも、そういう書き方をしていても、全体には年寄りじみた感じが微塵もないのよね。 三十代前半のサラを書いたところだけを読めば、三十代の女性作家が書いたように思えるし、 57歳のアーシュラには、老けこんでいかないだけの瑞々しさがちゃんとあるし。ホープが自分を一見かわいい だけの女に見せたがる人だってことをあらわすのに、さりげなくローラ・アシュレイの店に入っていかせるところ なんかは、さすが、さすが。
にえ アーシュラの部分は、そのまま女の一生を書ききった小説だったよね。 穏やかで幸せな少女時代から、中年作家と出会い、恋に落ちて結婚して、少しずつ理想からずれていくけど、 修正できない悲しい人生が、少しずつ浮き彫りになっていって。
すみ サラは最初のうち、ファザコンで思いやりがなくて、イヤな女だと思っていたけど、 だんだんと共感できる女性になっていった。三十代の女性なりの内面の成長があったよね。
にえ そうなのよねえ。謎解きに夢中になって読んでいったら、けっきょく最後のほうは 謎よりも、家族ってなんだろう、女のしあわせってなんだろうって考えさせられてて、そっちのほうが大事になってきてた。 やっぱり、これはレンデル作品じゃなく、ヴァイン作品だわ。
すみ それにしても、おもしろかったよね〜。ストーリー展開のおもしろさに夢中になって 読んだけど、父親が生きているうちには、ほとんどまともに会話もしなかった母と娘が、父親がいなくなることで会話を しなければならなくなったことへの戸惑いとか、気遣いとか、そういう細かい部分の描写もよかったし。
にえ ヴァイン、レンデル作品って、読み終わってドスンと暗くなるような、重い作品 も多いけど、これは登場人物にやさしい作品だったよね。ちゃんと望む人には幸せが来るし、そうか〜って 納得して、あたたかい気持ちで本を閉じられるラストだった。
すみ 登場人物の一人一人に深みがあったから、あせって結末をもとめないで、 じっくり味わって読んでほしいよね。ちょっと前の過去が、誤解と偏見に満ちた、遠い昔の話に感じられる怖ろしさもご堪能ください。