=「すみ」です。 =「にえ」です。 | |
「シティ」 アレッサンドロ・バリッコ (イタリア)
<白水社 単行本> 【Amazon】
1987年、出版社のCRB社は、22年間にわたる脅威のベストセラー、昼間は歯科医、夜はスーパーヒ ーローのバロンが活躍する『バロン・マック』の人気登場人物であるバロンの母親マミー・ジェーンを殺して しまうかどうか、アンケート調査を行うことにした。アンケート受付のシャツィ・シェルは、おかしな電話を 受けた。かけてきたのはグールド、12歳で大学に通う、ノーベル賞受賞候補の天才少年。グールドは、マミー・ ジェーンのファンである二人の友人、巨人ディーゼルと、ツルツル頭で口のきけないプーメランが、今からそこ を襲いに行くという。長話のすえにアンケート調査員をクビになってしまったシャツィは、大学のそばで一人暮し をしているグールドの家政婦となって、一緒に暮らすことにした。 | |
私たちにとって2冊めのアレッサンドロ・バリッコです。バリッコは今まで、 いつとはわからないけど昔らしき時代を舞台にとった小説ばかり書いてたそうですが、この本で初めて現在を 舞台にしています。 | |
「海の上のピアニスト」は小説ではなくて一人芝居の脚本だから例外で、 20世紀前半ってちゃんと時代があったけどね。それにしても、「海の上のピアニスト」は薄い本だったけ ど、これはちょっと厚めだったね。 | |
でも、夢中で読んでしまった。私はもうバリッコにメロメロです(笑) | |
でも、他の人には勧めづらい本ではなかった? ちょっとストーリーが つかみづらいというか。 | |
そうかなあ。最初はちょっと戸惑ったけど、でも、最初だけだよ。この本はね、 3つの話が並行して進んでいくみたいなかんじなの。 | |
主軸となるのは、シャツィとグールドを中心とした現実の話だよね。 それに、ディーゼルとプーメランという、グールドの不思議な友だちが加わって。たぶん、この二人につい ては、なんか変な存在感だなあと思いながら読むことになると思うけど。 | |
グールドが大学に通ってるから、教授も何人か出てきたよね。なんだか とても危うい感じの、傷つきやすそうな教授陣がまたいいのよ。 | |
いきなりモネが睡蓮の沼を書くようになったことについての分析話 がはじまったり、人間が家だとすると、意識はポーチみたいなものだ、なんて不思議な講義があったり、 なんだかまあ、イタリアの小説は、エーコといい、この人といい、蘊蓄たれるのが好きですな(笑) | |
ま〜、バリッコの場合は、きちんと読めばそんな難しい話じゃないよ。 なんていうか、バリッコの知性にくすぐられてるような、フンワリいい気持ちになる蘊蓄タレなの。 | |
グールドは孤独な少年なんだよね。大学では、ず〜っと年上ばかりだし、 母親は精神病院に入っていて会えないし、父親は軍人で将軍、会いに来る暇はなしってかんじだし。 | |
でも、おセンチな科白ひとつ吐くわけじゃなし、むりに元気そうにもしないし、 淡々と暮らしてて、それが読んでいくとだんだん胸に迫ってくるのよ。 | |
シャツィは現実にうまく対応できてない女性ってかんじだったよね。 ハンバーガーショップで、セットのほうがお得ですよって言われて、ああそうですかって疑問も感じずに 受け入れちゃえば楽に生きられるところを、でも、でもって矛盾を追及していっちゃうような、妙に真っ直 ぐなところがあって。 | |
二人とも、とっても繊細なのよね。でも、そういうところを表に出さない 人たちだから、心の底でわかりあってるけど、そのわかりあってるのをこちらは会話とか、そういう具体的なものでなく、 肌で感じなきゃいけない。そういう奥まったところにある繊細さがたまらなかった。 | |
あとの二つの話は、シャツィがライフワークのように作り続けているウェスタンのお話と、 グールドがトイレの便器に座るとはじまる想像の世界で、ボクシングの師匠と弟子の話。 | |
シャツィのウェスタンは、時が止まった西部の町が舞台で、ショットガンをぶっ放す 双子の老婆や、早撃ちガンマン、インディアンなんかが出てくるんだけど、バラバラだった話が最後にはひとつにまとまって、 なかなか壮絶なラストが用意されてるの。 | |
ボクシングの話もおもしろいよね。ボクサーはハングリーじゃなきゃいけないと信じてる マエストロのボクシングジムに、父親が弁護士で裕福な家庭で育ったラリー・ゴーマンっていう才能のある青年が現れて、 二人は試合を積み重ね、だんだんと登りつめていくの。 | |
「くたばっちまえ」なんて言いながら、たがいを大事に思い合って、 でもやっぱりどこか交差しない線の上を歩いてるような二人なのよね。こっちには、せつないラストが 用意されていて、これまた味わい深いお話に仕上がってて素敵だった。 | |
その3つの話が、行あけもなく、前置きもなく、唐突に交差していくから、 最初はかなり戸惑うんだよね。それに大学教授の講義まで混じるから、途中までは、なにが起きてるのかわからな い状態で読み進めた。 | |
でもね、ひとつひとつのお話がとっても魅力的だし、ちょっと地面から足が浮いている ような、そういう独特の雰囲気に、どんどんはまりこんでいくみたいだった。ここが好き嫌いの分かれ目かな。 | |
アレッサンドロ・バリッコがイタリアで、ものすごく人気のある作家なんだけど、 こんなのは小説じゃない、たわごとだって言う人もいるっていうのは、この小説を読んでわかったよね。 主軸になる現実の話にしても現実味が薄くて、人は結びついているような離れているような微妙な関係だし、 つかみどころがないといえば、ないのかも。 | |
でも、散文的で退屈な小説では決してないんだよ。グールドのことにしても、 少しずつ隠されていたことがわかってくるし、確実に話は進んでいくの。ただ、ガラス細工のような人たちが、 シティに溶けて消えていく、みたいな捉えられなさがあるから。それが魅力なんだけど、人によっては嫌いなのかな。 | |
でも、私たちとしては、こんなステキな小説に出会うために読書をしてる のって言いたくなるぐらい、気に入ってしまったのでした。 | |