すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「船の救世主」 ロドリゴ・レイローサ (グアテマラ)  <現代企画室 単行本> 【Amazon】
沈んだ船を引きあげる任務にある海軍大将オルドーニェスには、気がかりなことがあった。軍の方針で、 すべての将校が精神鑑定を受けなければならなくなったのだ。精神の異常が見つけられはしまいかと心配する オルドーニェスは、図書館で心理検査に関する文献を読んでおくことにした。閲覧室で申し込んだ本を待っていると、 おかしな男が声をかけてきた。「利用性」というおかしなタイトルのパンフレット冊子をオルドーニェスに 押しつけ、あなたには大きな使命があるという。
にえ ロドリゴ・レイローサ第2弾は「船の救世主」です。この本は日本ではあとになっ てるけど、「その時は殺され……」より前に書かれた小説なのよね。
すみ これはズバリ、狂気を書いた小説だったよね。短期間のあいだに狂気 がぐんぐん襲いかかってきて、もう何がまともなんだか、読んでるこっちの頭も混乱していくというおもしろさ。
にえ でも、すべては限られた世界の、限られた登場人物だけのなかで起きるから、 3冊のなかでは一番わかりやすい小説かも。
すみ 最初はみんなまとも。ただし、オルドーニェスは異常なほど、精神鑑定を受けることに おびえているの。
にえ そこにいきなり、おかしな男が現れるんだよね。オルドーニェスに パンフレットを渡すんだけど、その中身から、言うことから、もう狂ってるの。
すみ ビッグバンはじつは未来に起こる出来事で、私たちは時間のズレが 生じて先に見ちゃっただけなんだとか、そういうズレは時計に入った埃のようなもので起きるんだ、だから、 あなたも埃になりなさい、みたいなわけわかんないことを言って、オルドーニェスを戸惑わせるの。
にえ で、狂っちゃってるのはこの男一人かと思ったら、オルドーニェスが 精神科医に会いに行くと、今度はオルドーニェスもちょっとおかしいのかな、となってくるのよね。
すみ マクレランド図版っていう、インクを紙に落っことして出来たような 図を見せて、自由に連想させるテストを受けるんだけど、なぜかオルドーニェスは白黒の図版を見ると、気 を失っちゃうのよね。
にえ なんでマクレランドの図版なんて旧式のもので検査するのかっていう のは疑問なんだけどね。いくら小さな国だといっても、精神科医だったらロールシャッハテストの知識ぐら いあるだろうに、まあいいけど(笑)
すみ でも、わざわざマクレランドの図版なんて持ちだしてくるところに、 この小説のおもしろさはあったと思うよ。まあ、それはともかく、白黒図版にたいして異常反応するってことは、 オルドーニェス自身になにか心傷があるってこと。ということは、もしかしたら、あのパンフレットの男も オルドーニェスの病んだ心が作りだした幻覚かもしれないという疑いが浮上してくる。
にえ なんか、精神科医のフェルナンデス博士ってのも変なんだけどね。 常識はずれの色情狂ってかんじで(笑)
すみ そんでもって、またパンフレットの男が現れるのよね。今度は寝室に いきなり現れるっていう、ちょっと現実味のない現れ方。だんだん、オルドーニェスを疑うしかなくなる。
にえ ところが、登場人物たちの前に、同じタクシー・ドライバーが何度も 現れたりして、オルドーニェスの使用人が起こした交通事故が、仕組まれたことみたいな話も出てきて、 今度は、オルドーニェスが組織ぐるみの存在にはめられているような気配もしてくるのよね。
すみ パンフレットの男は、フェルナンデス博士の師であるポンセ博士と同一人物じゃ ないかってことにもなってきて、それもまた、オルドーニェスの幻覚かもしれなくて、とますますわからない方向に。
にえ 唯一まともっぽかったオルドーニェスの妻アマリアも、ちょっと変な動きをするんだよね。 なんか計算づくで動いているような、裏で手を回しているような。
すみ まあ、それから先も、ドンドンとおかしなことになっていって、異常なことが、あっけな いほど簡単に起きてしまうラストが用意されてます。
にえ 結局は、あいかわらずで何の説明もなしなのよね。う〜、頭がかきまわされる〜
すみ 3冊のなかでは唯一、それなりのラストが用意されてたとも言えるけどね。 とりあえず、わからないながらも結末はあったから。
にえ 「その時は殺され……」もそうだったけど、展開にしろ、ラストにし ろ、南米の小さな国グアテマラの、政府も治安も不安定で、なにが起きても不思議じゃないっていう怖さを フルに利用した小説だよね。
すみ うん、そういう面では南米独特って言えるのかもしれない。ただ、 登場人物がみんな冷めてるし、読者の側から言っても感情の入っていく場所が用意されてないって感じだし、 なんか暑い国が舞台でも、乾いた冷たさを感じるよね。
にえ 都会的な、どこかで一線引いたような人間関係もかいま見えるしね。 やっぱり、南米も変わってきてるんだなと思った。
すみ それにしても、無駄のない文章だよね。薄い本につめこまれた情報量 の多さには、ほんと驚く。冷たく、薄気味の悪い小説ではあったけど、個人的には、とってもおもしろかったです。