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「不在の騎士」 イタロ・カルヴィーノ (イタリア)  <河出書房新社 文庫本> 【Amazon】
パリの赤い城壁のもと、シャルルマーニュが自分のもとに集まった勇将たちを観閲してまわった。 そのなかに、一人だけおかしな騎士がいた。純白の鋼の輝く甲冑を身にまとい、虹のように色を変える羽根飾りをつけた 騎士は冑をあげず、顔を見せない。名前はアジルールフォ、傷ひとつない美しい白い鎧の中はからっぽ、 空洞の甲冑に強い意志だけが存在する不在の騎士であった。アジルーフォは有能な騎士であったが、 あまりにも生真面目で、融通がきかず、武将たちからは嫌われていた。
にえ これから3日間にわたって紹介する、イタロ・カルヴィーノ寓話三部作の第1弾は「不在の騎士」です。
すみ 三部作は日本ではバラバラだけど、イタリアではあとになって、「我々の祖先」という題名で1冊にまとめられてるのよね。
にえ で、作品が書かれた順番だと、「まっぷたつの子爵」「木のぼり男爵」「不在の騎士」の順なんだけど、 カルヴィーノがこの3作品は時代背景順に並べかえると「自由へと至る三段階」になるとおっしゃってるそうなので、順番をそのようにしてみました。
すみ まあ、ぜんぜんつながっていない、独立した3つの小説だから、どれを先に読んでも支障はないんだけどね。
にえ ちなみに、この「不在の騎士」の時代背景はシャルルマーニュが出てくるから、8世紀末から9世紀初頭あたりの中世初期かな。
すみ 主人公は姿形のない、無の存在ってところは変わってたけど、全体としてはロマンティックな騎士ものって感じだったよね。
にえ なんといっても、読み物としてすこぶるおもしろかった。話の展開が美しくまとまってたし、いかにもな登場人物が気がきいてたし。
すみ 蔓日々草色(ペルヴィンカ)の鎧をまとう美貌の女騎士、行方のわからなくなった母親を探す青年騎士、森にひそんだ聖杯(サン・グラール)の神聖騎士団、 ワクワクさせられる登場人物ぞろいだったね。
にえ 物語は、聖コロンバヌス修道会の修道尼テオドーラが書いているという設定がまたいいじゃない。時代の雰囲気があって。
すみ どこから現れたのかまったくわからない不在の騎士アジルールフォは、スコットランド王の無垢の姫君ソフローニアを二人の賊から救い、今の地位についたのよね。
にえ ところが、ソフローニアがじつはその時すでに処女ではなく、子供までいたと訴えるものが現れるの。それが行方不明の母を捜す 青年騎士トリスモンド。
すみ 処女を救った名誉を傷つけたれたアジルールフォは、ソフローニアを探す旅に出るのよね。
にえ 変な従者のグルドゥルーも、とりあえずついていきます(笑)
すみ グルドゥルーはおもしろい存在だよね。鴨を見れば自分を鴨だと思って水に飛びこんじゃうし、スープを出されれば自分をスープだと思って飲まれようとするし。 強い意志だけが存在するアジルールフォとの対照を考えるとまたおもしろい。
にえ 以前からアジルールフォを慕っていた、美貌の女騎士ブラダマンテも、あとを追っちゃいます。
すみ ついでに、アジルールフォを師と仰ぎながらも、ブラダマンテにひそかな恋心を寄せる青年騎士ランバルドもあとを追っちゃうのよね。なんかだんだんロマンティックになってきたでしょ〜(笑)
にえ 騎士を誘いこんで、惑わせてしまう女主人のいる城があったり、海の巨獣と戦ったり、この辺の展開もまたそれっぽさに徹してていいよね。
すみ 一方では、別行動をしていた青年騎士トリスモンドが聖杯の騎士に出会ったりと、もう物語のおもしろさにグイグイ引き込まれたね。
にえ で、読み終わってみると、強靱な精神を持っていると思われた不在の騎士が、なにに自分の存在価値を見いだしていたのかとか考えて、無性に淋しい気持ちになったりして、 ただのおもしろい物語じゃなかったなと思った。
すみ うん、なんか存在するってなんだろうって考えさせられたよね。さすがは読みつがれる名作、深いよね〜。
にえ で、この翻訳本はなぜか、一ヶ月差で別の出版社から、別の翻訳者で2冊単行本が出てます。松籟社のほうは脇功さんが、かなり丁寧な印象の文で、国書刊行会のほうは米川良夫さんが、 脇さんのよりはややくだけた文章。
すみ 私たちは米川さん訳のほうで読んだのよね。まあ、お二人ともカルヴィーノ作品にはおなじみの、安心して読める翻訳者さんなので、どっちでもまったく問題ないでしょ。