すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「ワイズ・チルドレン」 アンジェラ・カーター (イギリス)  <早川書房 文庫本> 【Amazon】
「おはよう! 自己紹介をするわね。ドーラ・チャンスです。こんな場末へようこそ!」
ドーラはド派手なファッションと厚化粧でキメキメの75歳の老嬢。もとはショウ・ダンサーで、双子 の妹ノーラと組み、チャンス・シスターズとして一世を風靡した。イキのいい口調でドーラが語るのは、 自分たちの存在を認めてくれない実父、シェークスピア役者のメルキオールと、その双子の弟で、実父の ようにやさしく接してくれたペリグリンが絡む複雑なハザード家と自分たちの関わり、はすっぱな口をきき ながら、愛情を注いでくれた養母のグランマ、甘くせつない恋愛話に、ショウ・ビジネスの裏表、そしてど んちゃん騒ぎのパーティーの数々。浮き沈みの激しい世界を精一杯に生き抜いた生涯の物語だった。
にえ 初アンジェラ・カーターは、最高に楽しいショウ・ガールのお話でした。
すみ こういう場合は、「ショー」じゃなくて、「ショウ」じゃないとダメ だよね。
にえ アンジェラ・カーターは52歳という若さで亡くなってしまってるん だけど、ブッカー賞の審査員をつとめたり、イースト・アングリア大学の創作コースで教鞭をとっていたとき にカズオ・イシグロを指導していたり、日本に3年ほど住んで歌舞伎町のバーで働いていたりしたことがあって と、なかなか気になる存在です。
すみ でも、ブッカー賞の審査員とかカズオ・イシグロの先生ってことで、 この本に美しい文体とか、繊細な描写とか期待して開いたら、腰抜けるよね(笑)
にえ 全編、ちょっとガラが悪くて威勢のいい、おばあちゃんの語りだから ね。でも、読み進めるとうまいな〜と思うよね。老嬢がベラベラしゃべってるだけのようでいて、計算され つくした組み立てとか、含みとかの使いの上手さがわかってくる。
すみ うん、口語体の文章ってどうしても上滑りで平面的になりがちなんだ けど、この本はものすごく深みがあるよね。甘さも辛さもある豊潤な味わいだし。これが遺作とは惜しい。
にえ イギリスでは、この作品で評価がドンと上がって、過去の絶版本が すべて再版され、アンジェラ熱が一気に高まったとか。そのあとにすぐ亡くなってしまうなんて、本当に 惜しいよね。
すみ で、この本なんだけど、最初だけちょっと戸惑った。ハザード家が なかなか複雑で。読み進めてそこさえクリアすれば、あとは夢中で読めたけど。
にえ わかっちゃえばなんのことはないのよね。ハザード家は、役者のラ ナルフとエステラの夫婦からメルキオールとペリグリンという双子の兄弟が生まれ、ペリグリンは一回も結婚 してないからそこまでなんだけど、メルキオールが1回結婚せずに子供ができ、3回結婚しているから、 そこだけわかってればいい話。
すみ 独身の頃に結婚せずにできた子供がドーラとノーラなのよね。ドーラと ノーラの母親はグランマ(ミセス・チャンス)の下宿で女中をしていたキティっていう女性なんだけど、 キティは二人を産んですぐ亡くなってるの。
にえ で、メルキオールの最初の妻がレディ・アタランタ・リンドって良家の 出のお嬢様で、そこに生まれたのがサスキアとイモジェンっていう双子の姉妹。
すみ レディ・アタランタ・リンドはのちにホイールチェアと呼ばれるように なるんだけど、なぜか最終的にはドーラとノーラの家で一緒に暮らすようになるのよね。
にえ で、2番めの妻がミス・ディーリア・ディレイン。この人とは結婚も短く、 子供が出来なかったの。
すみ ディーリアはお色気たっぷりのハリウッド女優なのよね。身勝手なよう でも親切で、キップがよくて、いい感じだった。
にえ で、3番めの妻がエステラ・ラネラ。この人とのあいだには、ドリスラム とギャレスって双子の兄弟が生まれるの。
すみ 双子だらけだ〜(笑)
にえ そうなのよね。双子のいっぱい出てくる話だから読んだんだと思われるか もしれないけど、どっちかというと双子の出てくる話は避けたい私たちなのよね。なんか嘘くさい双子の出てく る話はウンザリって感じなの。でも、この本は気にならなかった。
すみ ドーラとノーラはともかくとしても、他の双子はぜんぜん双子っぽく ないのよね。なんかあまりにもハチャメチャで、そんなのどうでもよくなって、おもしろさのほうが優先された。
にえ リアリティーのないドタバタ劇なんだよね。出生の秘密は笑っちゃうほど 複雑にからんでるわ、登場人物の人生は冗談のように大成功をおさめたり、落ちぶれたり。なのになんだろ う、読むとやけにジンと来るじゃない。
すみ なんといってもドーラとノーラがよかったよね。かなり下品でやっか いな人たちなんだけど、根が純情でキュートなの。
にえ ドーラとノーラの波瀾万丈の物語で、あっちのマチネに出て恋をして、 船で渡ってアメリカに行ってハリウッド映画に出て騒ぎに巻き込まれ、とめまぐるしく話は移り変わるんだけど、 二人が自分たちを認めてくれない父親を一途に想い、求めつづけるっていう一本筋が通ってたから、最初から最 後まではすごくキレイにまとまってたよね。
すみ ハデハデの総天然色ダンス・ミュージカル、でも最後にホロリとさせられて、 生きてることにキュンとくる、そういう映画を見たような満足感があるよね、巻末にエンドロールみたいな出演者の 紹介までついていて、はずさない人だな〜と思った。
にえ エピソードの数々もまたどれも素敵だったしね。子どもの頃にダンス・スクールに通った 思い出や、アデールとフレッド・アステアのマチネを見に行った思い出、作家との恋と結末、一人の才能あるコメディアンが急に 色褪せてしまう悲劇、挙げたらきりがない。
すみ 巻末の訳注で、翻訳者の太田良子さんがつけてくれた「ペーパー・ムーン」の歌詞の訳が あまりにもこの本にピッタリなんで、それを最後につけておきます。これはオススメ本!
「ペイパー・ムーン」
紙でできた月がボール紙でつくった海の上に浮かんでいるけれど、
ぼくを信じてくれるなら、あれは本当の月になるんだ。
布でつくった空の下に、布でつくった木が一本立っている、
でもそれだってぼくを信じれば、本物の木になるんだ。
まるで仮装行列か、ジュークボックスのメロディーか、
サーカスの見世物のような、インチキのかたまりみたいなこの世の中も、
きみがぼくを愛してくれるなら、すべてが本物になるんだよ。