すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「すばらしい新世界」 ハックスリー (イギリス)  <講談社 文庫本> 【Amazon】
人類の未来は、すばらしい世界だった。人々は生まれる前から遺伝操作され、手を加えられて各階層に 分かれている。成長後の仕事も、すべて階層によって決められているが、睡眠時教育法により、自分たちが 一番幸せだと信じさせられているので悩むことはない。結婚は否定されてフリーセックスが推奨され、 つねに人々は一緒に過ごして孤独を感じることはない。隠し事もなく、嫉妬もなく、だれもが他のみんなの ために働いている。まさにすべての不快が取り払われた、幸福な世界だった。ところが、最上層階級アルファに属するバーナードだけは、 少し様子がおかしかった。人の集まる場所を避け、恥ずかしさに顔を赤らめる。それは、他の人々には理解 できないことだった。そんなバーナードの友人はヘルムホルツ。階級は下だが優秀すぎるがために孤立して いる男だった。
すみ これはなんと、1932年っていうから70年も前、日本で言えば 昭和7年、まだ第二次世界大戦もはじまらない頃に書かれたSFです。
にえ SFって冒頭部分がつらいよね。これも最初の50ページぐらいが そうだった。
すみ SFの冒頭って、わからないまま我慢して読んでいくと、だんだんわ かってきておもしろくなっていくか、説明的な内容になってる冒頭数ページを我慢して読むか、だいたいその 2パターンだよね。
にえ この本は説明のほうだった。冒頭では、瓶のなかで育てる赤ん坊たち を前に、所長が見習生たちに向かって説明してるの。
すみ 瓶のなかの赤ん坊たちは、今書けばクローン人間にしたところだろうね。 この本では、ひとつの卵子から96ずつ、まったく同じ容姿の赤ん坊が生まれてて、96の双生児って言われてるの。
にえ 階級が下の方になるほど、容姿が悪くなってるのよね。背が低かったり、 鼻がつぶれてたり。
すみ で、さらに階級が下の方の赤ん坊は育てる段階でも、わざと酸素を 送る量を減らしたり、血液にアルコールを少しだけ混入して、知能や身体機能を下げちゃうの。
にえ そういう赤ちゃんは成長すると、工場で延々単純作業をやらされたりとかするから、 あまり頭が良くなかったりするほうが都合がいいのよね。
すみ 良いこともあるよ、予防接種をすべて注入するから、大人になって 病気をすることがないの。しかも、六十歳ぐらいで亡くなるまで、ずっと老いずに若いままだし。
にえ それで、成長すると今度は睡眠時教育法で、自分はこの階級に生まれてきて幸せだ〜って 何度も繰り返されたりするから、人々は人生にまったく疑問を持たず、自分こそが一番幸せだって信じて生きてるのよね。
すみ その他にも、すごく詳細にいろんな設定があったよね。なんか理屈にあってて も、よく考えればあってないところがあって、70年前に書かれたSFだからしょうがないのかなあ、なんて 思いながら読んだ。
にえ 機械を信仰してるのに、オートメーション化してなくて、人力に頼りすぎてたりとかするのよね。
すみ 神様がフォード様だったりして、ええっと思った(笑) フォードは あの自動車会社のフォード、1909年にフォードが安価にして能率的なT型自動車を発売したところから、 未来のこの人たちは、胸で十字を切るかわりに、Tの字を切るのよね。
にえ 「天なる神よ」って言うべきところで、「安自動車なるフォード様」 なんて言ったりしてね(笑)
すみ で、説明的な部分が終って、主人公っぽいバーナードって男の話に なっても、なんか違和感かんじまくりだったよね。
にえ そう、みんな自信満々な中で、バーナードだけが恥ずかしがったり、 嫉妬したりするために浮きまくってて、それはまあおもしろいんだけど、なんか新興宗教っぽい集会とか あったりして、やっぱり、う〜ん、今読むと稚拙って感じるのはしょうがないのかな、なんて考えた。
すみ ところが、ところが! なんだよね。ちょうど半分まで読んだ150ページめ ぐらいから、話は急展開、一気におもしろくなってくるの。
にえ バーナードがニュー・メキシコの蛮人保存地区ってところに行って、 そこで生まれ育ったジョンっていう青年を文明社会に連れてくるんだよね。
すみ ニュー・メキシコの蛮人保存地区ってところは、インディアンが昔ながらの 生活をそのまま続けてるの。
にえ 当然、ジョンがいた蛮人保存地区と、バーナードたちの文明社会では 常識がことごとく違うから、摩擦が起きっぱなし。
すみ たとえば、ジョンが一人の女性を愛して、結婚したいと思うと、それ は文明社会では、ものすごくいやらしいことになったりするのよね。
にえ 文明社会では、男女はいろんな相手ととっかえひっかえつきあうのが 健全で、一対一で長い時間、深く愛しあうのは不潔でよくないことだってなってるからね。
すみ そういう摩擦が起こり、騒ぎが起こり、話は急展開。あとさあ、ジョンは 新世界の人々が知らないシェークスピアの戯曲を蛮人地区で手に入れて読んでるから、やたらと起きたことにピッタリのセリフを引用したりするのよね、それもまた おもしろかった。
にえ で、おもしろ〜いと思って読んでると、とうとうすべての理由が明らかにな っていくのよね。私なんかが浅知恵で、設定が稚拙なんじゃないの〜とか、しょせん70年の前に書かれたSFだからね〜 なんて思ってた前半のすべてが、じつは深い理由があって、故意に設定されたことだとわかってきて!
すみ 凄かったよね。鳥肌立った。ちょっと小馬鹿にして読んでたぶんをすべて ひっくり返されちゃったよね。やられた(笑)
にえ こんなスゴイSFを70年も前に書いたなんて信じられない。最後まで読んだら ひれ伏しちゃいましたよ(笑)
すみ うしろについてる解説で、翻訳者さんが今後長く読みつがれるべき作品だって 書いてあるけど、まさにその通りだった。古典のSFだとなめてかかると、痛いめにあうよ! 古さを感じさせない、 目が醒めるような名作でした。