すみ=「すみ」です。 にえ =「にえ」です。
 「ひまわりの森」 トリイ・ヘイデン (アメリカ→イギリス)  <早川書房 単行本> 【Amazon】
17歳のレスリー・オマリーには、愛しあう父母と少し生意気な9歳の妹がいた。母は楽しい人だった。ハンガリー語、 ドイツ語、英語を使いこなし、若かった頃の思い出を演技を加えておもしろおかしく話してくれる。ハンガリーでの 裕福な生活、ドイツでパン屋の息子に恋をして、自分をオーストリア大公の娘だと嘘をついたこと、一面の ひまわりが美しかったウェールズの思い出。だが、母は心を病んだ人でもあった。人に会うことを恐れ、鬱に陥ると 引っ越さずにはいられない。母の言いなりになる父は、そのためにきちんとした仕事に就けず一家は貧しく、 転校を繰り返すレスリーには彼氏もできない。それは、母が過去の記憶から逃れられないためだった。母は父親 の意向で14歳でハンガリーからドイツに留学させられ、16歳で戦争がはじまると、ドイツ軍の従軍慰安婦として 働かされて、二人の子供まで産まされていたのだ。やっと落ち着きを取り戻しはじめたカンザスでも、母の様子は少しず つおかしくなっていった。やがて母は、まったく関係のない家庭の子供を自分の失った息子の一人クラウスだと思いこむ ようになる。そこから滑り落ちていった狂気は、レスリーの、そしてオマリー一家の運命を暗転させていった。
にえ みずからの障害児教育の経験をノンフィクションで書きつづけていたトリイですが、 この本からフィクションの小説を発表しはじめています。
すみ 私たちはノンフィクションのはあらかた読んでたけど、小説を書くようになってからは読んでないのよね。
にえ ノンフィクションの時からとにかく話のもって行き方がうまくて、小説もきっと上手に書いてあるとは思ったんだけど、なんとなく読むのが怖かったんだよね。
すみ そうなの、大好きなトリイが書いたんだから、たとえ駄作だったとしても、駄作とは認めたくないからね。それを思うと、読むのが怖くなる(笑)
にえ で、とうとう読んでみての感想は、やっぱり良かった〜。
すみ 最初のうちは、事実だけを積み重ねていくために緊張感のうまれるノンフィクションと違って、ちょっと心理描写が多めでモッサリしてるかなと思ったけど、途中からはまったく気にならなくなったよね。やっぱりストーリー作りがうまい。
にえ 登場人物もさすがにリアルだったしね。特に精神を病む母マーラは、お勉強不足の作家が書く狂人と違って、ホントに生きた人間だった。
すみ 家のなかでは泣き叫んでいても、外で他人に会うと愛想が良い普通の人になったり、鬱で落ち込んでいても、レスリーのボーイフレンドが来るととたんに冗談を言ってみたり、精神を病んでいるとはいってもうまく裏表を 使い分けるから、家族の苦しみがなかなか他人には伝わらないじれったさ、ああいうのはやっぱり知ってる人じゃなきゃ書けないよね。
にえ ひたすらマーラを愛し、言いなりになっていて頼りないように見えたり、子供を犠牲にする卑怯な人に見えたり、意志が強い人に見えたりもする、定まらない父親像もリアルだった。
すみ 現在の自分が犠牲になっていることを怒りながらも、自分の将来を犠牲にしようとしてしまうレスリーの若さゆえの矛盾も、わかる、わかると思ったよね。
にえ 家庭内が不安定になっていくと、退行して子供っぽくなっていく妹のミーガンも、変に可哀想なだけじゃなく、憎たらしく感じられたりして、生きてたよね。
すみ ストーリーのほうは迫力だったよね。少しずつあかされていく真実は衝撃的、緩やかになっていくと思うととつぜん起こる出来事の数々。
にえ 単なる精神を病んだ母親を持つ少女の話にとどまらず、知られていなかった戦争の傷跡が暴かれていくから、話に深みもあったしね。アメリカ、ハンガリー、ドイツ、イギリスのウェールズと舞台も広かったし。
すみ なんか全部読んでからなにか考えるんじゃなくて、読んでるあいだ、話が新しい展開をみせるごとに考えさせられちゃったよね。
にえ うん、考えた。心も体も傷ついた女性に、優しい男性が現れて、一生をかけて君を護るって誓う。それは祝福もののハッピーエンドなんだけど、その後には、こういう地獄が待ちかまえてるんだな、とかね。
すみ それだったら私は最初、こういう女性と結婚するのはいいけど、子供は作っちゃだめだよと思った。でも、事情がわかっていくとしょうがなかったのかなと思ったり。とにかく、子供を持つ親の責任を考えたな。
にえ 親と子供の関係とかも考えさせられたよね。レスリーが家から離れたいと言ったとき、自分にも同じような経験があると言った父親の言葉が特に印象的だった。
すみ ああ、パパも同じような経験が経験があるよってお父さんが言って、じゃあ、私の気持ちもわかるでしょってレスリーが言ったら、いや、私の考えていたのはその時の自分の母親の気持ちだって答えるところ、ズキッときたよね。
にえ 家族を護るってことと個人の幸せを追い求めることと、どちらが大切なんだろうとかも考えたな。
すみ レスリーのように護るってことが、犠牲を払うことになると、考えちゃうよね。放っぽいて逃げ出しちゃえっていうのは簡単だけど。
にえ こういう家庭に置かれてしまった幼い子供の救い方も、学校のあり方も、とにかく考えさせられたよね。
すみ そして最後には、人を愛することの難しさを考えさせられたよね。人を愛するってこんなに難しかったのか〜ってドスンと来たな。
にえ ただ、哀しい結末の小説とは私は思わなかったな。痛みをたくさん抱えた小説ではあったけど、癒しの小説だったと思う。