=「すみ」です。 =「にえ」です。 | |
「偽のデュー警部」 ピーター・ラヴゼイ (イギリス)
<早川書房 文庫本> 【Amazon】
1921年春、かつて読心術の見世物を生業としていたウォルター・バラノーフは、財産家で女優の妻、 リディアのおかげで、そこそこ繁盛している歯科医を営んでいた。だが、リディアは女優としては難しい年 齢となり、役が付かないことに苛立ち、すべてを捨ててアメリカに行き、旧友のチャップリンに会って、 ハリウッドで映画女優として再スタートを切りたいと言いだした。当然、ウォルターもついてくるように、 歯科病院も売り払ってしまうという。一方、ウォルターの患者である花屋の店員アルマは、恋愛小説の主人 公に自分を重ね、いつしかウォルターに恋をしていた。ウォルターにアメリカへ行ってほしくないアルマは、 リディアを亡き者にする計画をウォルターに話す。単身、豪華客船モーリタニア号に乗り込むリディアを 追い、偽名を使って乗船するウォルター、そしてアルマ……。 1983年英国推理作家協会賞ゴールド・ダガー賞受賞。 | |
これはおもしろかった! いろんな褒め言葉があるけど、「おもしろい」って言葉がこれほどピッタリくる本も珍しいってかんじ。 | |
うん、ラヴゼイは「マダム・タッソーがお待ちかね」 「最後の刑事」の2作を読んで、どっちにもちょっと物足らなさを感じて、それほどの作家かって気が しなくもなかったけど、この本で納得。 | |
ピリッと皮肉をきかせた楽しい文章も冴えてたし、登場人物の 個性もみんな良かったし、いろんな違う話が、やがてひとつにからみあっていく展開も良かったし、とにか く最初から最後まで愉しめたよね。 | |
まず舞台がいいよね。1921年の豪華客船、いろんな過去を 持った人たちが集まって、閉じ込められた空間のなかで互いに接触を持つ。こういう設定がまず、おもしろ さを予感させた。 | |
それでもって、もと読心術師の歯医者ウォルターでしょ、 恋愛小説の主人公と自分を完全に重ね合わせちゃってる28歳の女性アルマでしょ。 | |
ウォルターにしろ、アルマにしろ、言動でずいぶん笑わせて もらったけど、大袈裟なドタバタで笑えるんじゃないのよね。ごくごくさりげない会話とか、本人だけが 勘違いしてることを文章にサラッと書いてあって、それにクスリと笑えたり。 | |
リディアにしたってそうだよね、ヒロインとしてはとう の立った年齢で、どうあがいても女優としては厳しいのに、本人だけは気づいてない。それも言動だけで、 さりげなくこちらに伝えてくるラヴゼイ、うまいわ〜。 | |
あと、豪華客船に乗り込む富豪の青年と、彼にうまくアプロ ーチできない女の子、派手好きで心配性の女の子の母親と、すっとぼけた三番めの夫、カード詐欺師の一味 など、みんな変な大袈裟さのない、いいキャラばかりだった。 | |
なんといっても良かったのは、主人公であるはずのウォルター がまったくつかみどころのない性格だったところだよね。なに考えてるか、イマイチわかんない。それが 展開を読めなくしてて、おもしろかった。 | |
そうそう、最初のうち、リディアにいいように扱われてると きも、それが悔しいのか嬉しいのか、ぜんぜんわかんなかったし、それからアルマに殺人計画をもちかけ られたときも、アルマを利用しようとしている悪人なのか、流されるままになってるだけなのか、さっぱり わからない。 | |
そういう性格だから、豪華客船モーリタニア号でとんでもない ことに巻き込まれていったあとがおもしろくなっていくのよね。 | |
うん、殺人事件が起き、偽のデュー警部が現れ、濡れ衣を着せ られる人が出て、そのかんも肝心のウォルターがわからない人だから、どうなちゃうの?ってワクワクさせ られた。 | |
こういう話って、ちょっとドタバタ劇になりそうなかんじなん だけど、それをぎりぎりのところで抑えて、じっくり読ませてくれてて、よかったよね。 | |
史実とのからませ方もうまかった。チャップリンがチラッと出 てくるんだけど、それがとっても効果的。だからこそ、デュー警部の逸話とか、過去の沈没した船の話とか、 創作した史実に真実味があって。 | |
本物のデュー警部は戦前に、奥さんを自宅で殺害したあと、愛 人と船で逃げたクリッペン博士を逮捕して有名になり、戦後は引退してる伝説の警部さんなのよね。 | |
沈没船は、第一次世界大戦中に魚雷があたって沈没したルシタ ニア号って船で、ウォルターは骨折した軽業師のお父さんと、その船に乗ってたんだけど、助かったの。 | |
そういういろんな話が絶妙にからませてあるから、おもしろい のよね。 | |
しかも、殺人を計画してるウォルターとアルマのサスペンスで あり、謎解きのミステリーであり。 | |
これだけ単純に楽しませまくってくれる本って、意外と珍しい んじゃない? | |
はしゃぎすぎてて読んでるこっちは冷めちゃったり、最後に 感動させてやろうって気負いが、ちょっとうざかったり。なかなか、この本みたいに純粋な読む喜びを与 えてくれないよね。 | |
これはもう大満足。遅ればせながら、ラヴゼイファンになって しまった。オススメで〜す。 | |