すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「ボトムズ」 ジョー・R・ランズデール (アメリカ)  <早川書房 文庫本> 【Amazon】
老人ホームでハリー老人は、1930年代、まだ自分が11歳、妹のトムが9歳だった頃のことを 思い出していた。父親は理髪店と農業、それに警察組織がまだなかった当時の治安官も兼任していた。 家族はテキサス東部のボトムズ(低湿地)を形成する森のそばに住んでいた。その森で兄妹は、 全裸で体じゅうを切り裂かれ、イバラの蔓と有刺鉄線で木の幹にくくりつけられた、無惨な黒人女性の 死体を見つけた。治安官の父は犯人を捜すが、わずかな証拠すら見つからない。静かな田舎町は震撼し、 やがて、第二、第三の被害者が見つかっていく。
にえ これはねえ、スゴイ! スゴイ!! スゴ〜イ!!! とうとうミステリが純文学を超えたよ。感動しまくりっ。
すみ ランズデールはいろんなジャンルの小説を書いてて、とにかく 巧い作家さんだと定評があったけど、この本は期待をはるかに超えてたね。私も驚いた。
にえ 男性作家の南部小説とか、ロディ・ドイルのアイルランド小説 とか、スティーブン・キングの『スタンド・バイ・ミー』とか、そういうノスタルジックで痛みのある、血 の通った小説をいろいろ連想したけど、それらもぜんぶ超えてたかもしれない。なんでこんな小説書けちゃ うの〜、ランズデール天才!!
すみ この本は、アメリカ探偵作家クラブ(MWA)最優秀長編賞を 受賞してるけど、この作品なら受賞して納得、なんてところでとどまらないよね、もっと他にもたくさん 賞やれよって感じ。
にえ 少なくとも、ピューリッツァー賞ぐらいはつけたほうがいいよ ね、どこのだれの本がこれを超えるのよ?(笑)
すみ まず、プロローグの文章からしびれたよね。それから物語がは じまって、もうぜんぜん待つ必要がなく、本の世界に入りこんでしまった。
にえ 11歳の少年と9歳の少女が、背骨を痛めた飼い犬を始末する ため、森の中に入っていくの。
すみ でも、殺す決心がつかないのよね。荷台に乗せた犬がリスに向か って吠えるのを理由に、リス狩りをしながらどんどん森の奥へ入っていっちゃう。
にえ いつのまにか夜になり、かわから頭をのぞかせるヌママムシ、 渡るのがこわい危険な”揺らぎ橋”、子供たちが本気でいると信じている、森にひそむ謎の怪人ゴート・マ ン、それらを怯えながら進んでいき、二人は惨殺死体を見つけてしまうの。
すみ そこから話がはじまるのよね。もう肌で感じるようなリアルな 描写の上手さにゾクゾクしちゃった。
にえ 普通はさ、本を開くと最初のうちは読み進めるのに時間が かかって、それから加速していくんだけど、この本は最初から夢中になって頁をめくったな〜。
すみ もちろんミステリだから、そこからは捜査がはじまるんだけど、 そっちは脇に流れる筋として残りながら、もっと多くのものが描き出されてたよね。
にえ まず、父と子の心のふれあいと、少年ハリーの成長の物語。
すみ パパがせつなくっていいのよね。男らしくて優しい人なんだ けど、子供と軽くつきあうってことができなくて、つい説教くさくなったり、ハリーを脇に呼んで、「おれ はおまえが約束を守ったことをわかっている。それを知っておいてくれ」「はい」みたいな会話をするの。
にえ 自分が卑怯だったり、見栄をはってしまったり、そういう隠し ておけばバレないような心の中のことまで、「知っておいてくれ」って話すのよね。すごく子供にたいして 真摯だった。
すみ それから、南部に残りつづける黒人差別の問題も色濃く出てた よね。黒人は黒人たちだけの町に住み、黒人どうしの殺人なら、自分たちだけで片づけてしまおうとするし。
にえ 偏見に捕らわれて、黒人を自分たちと同じ人間と認められない 白人もたくさん出てきた。でも、小さな田舎町だから、そういう人たちも一緒に暮らしてるわけだし、 かならずしも悪いだけの人間ではなかったりするし。
すみ ちょっと昔の田舎町ならではの、黙ってるけどみんな知ってる 一家の恥とか、秘められた血縁関係とか、そういうのもたっぷり書かれてたよね。
にえ 気候と戦う農業とか、釣りや狩り、当時の人たちの自然とのつ きあい方もたっぷり書かれてた。
すみ そんな中で、暮らしている登場人物たちがまた魅力的! ハッ プとレナードシリーズのランズデールですから会話は秀逸、しかも肉付けのしかたがまたうまくて、うまくて。
にえ 過去を胸に秘めながらも、けっこう躾には口うるさく、それで も焼いたケーキはとびきり美味い黒人おばあちゃんのミス・マギーは印象的だったよね。
すみ それだったら、どんな男よりも汚い言葉が使えるというハリー のおばあちゃん、良かったよ。ミス・マギーとハリーのおばあちゃんのケーキ対決は素敵だった。
にえ 黒人医師のドクター・ティンと奥さんの会話もなにげに素敵だ ったよね。こういうさりげない夫婦の会話にまで、細かい気配りがあってジンとさせられた。
すみ 冴えない男たちの卑怯だったり、親切だったりする複雑さもリ アルで、印象に残るな。
にえ そういう人たちの触れ合いとか、いざこざとかがありながら、 連続殺人鬼との攻防があり、大きな事件があり、過去が暴かれ、で、もう読み出したら止まらなかったよね。
すみ ランズデールはそれほどトリックとか、どんでん返しとかに こだわる人ではないみたいだから、この本もそういうものを期待して読まれちゃうとかわいそうだと思う。 ただ、これほど丁寧に、そしてリアルな迫力を持って書かれた小説は、そうそうないと思う。「絶対」を つけて読んでほしい本だな。読まないのはもったいない。
にえ ミステリでありながら、アメリカ文学の王道をいってた。しか も夢中にさせるストーリー展開。しかも驕ることなく、読者に語りかけるような柔らかな文章。鳥肌立った り、ウルッときたり、これほど魅力のある小説はなかなか他にないと思う。絶賛つきの超オススメ!