すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「夜の闇を待ちながら」 レニー・エアース (イギリス)  <講談社 文庫本> 【Amazon】
第一次世界大戦の傷跡がまだ癒えぬ1921年、田園風景の美しいイングランドの村ハイフィールドで、 猟奇殺人事件が起きた。領主屋敷で発見された四つの死体は、当主であるフレッチャー大佐、美しくやさし い女性だと村人たちに慕われていた夫人、それに女中と子供たちの養育係。恨まれるような人たちではなか った。さらに調べていくと、三人は銃剣で刺し殺されていたが、夫人だけはベッドに連れて行かれ、剃刀で 首をめった切りにされているが、性的な暴行を受けたあとはまったくないことがわかった。さらに、駆け つけてきたスコットランド・ヤードのマッデン警部補は、裏山に犯人が掘ったらしき塹壕を発見する。 絞られていかない犯人像に捜査は混迷する。
にえ ロバート・ゴダード絶賛!ということで、歴史ミステリー? 若手の新人作家?と思ったら違いました。
すみ サイコスリラーだよね、猟奇殺人犯とそれを追う刑事たちの 手に汗握るスリリングな物語。しかも、時代設定が第一次世界大戦直後っていう、ちょい昔に設定してあ るところが目新しかった。
にえ 作者も若くはないのよね。1935年アフリカ生まれ、ロイ ター通信の海外特派員だったという経験もあり。期待させる経歴だよね。
すみ 期待は裏切られなかったよ。読みごたえがあって、おもしろか った。第一次世界大戦後って時代背景が存分に生かされてたし。
にえ そうだね。猟奇殺人犯が、殺人犯として目覚めるのも戦争だし、 猟奇殺人に利用するのも兵役で得た知識だし。
すみ 犯人の軍隊時代を調べようとしても、書類が見つからなかった り、軍と警察がに摩擦があったり、その辺の描写はうまかったよね。この時代ならではってのを感じた。
にえ 捜査に精神医学を応用していこうという新しい試みをするとこ ろにも時代を感じたよね。
すみ 精神医学が霊媒術と同一視されてたり、フロイトをはじめと する精神医学者たちがドイツ、オーストリアあたりの人たちなために、イギリス人が偏見を持ちまくって たり、そういうのもこの時代ならではだった。
にえ 最終的にわかる犯人の幼児時代からの精神成長については、 もうちょっと精神医学をお勉強してビシッと描写してほしかったかなと思ったけど、1921年当時の 時代を書くって点では、素晴らしくよく書けてたよね。
すみ 登場人物も重みがあって好きだったな。主人公はマッデン警 部補。将来有望な警察官だったんだけど、奥さんと娘を亡くし、失望のまま父親の経営する農場に帰る、 そこで世界大戦。従軍中の塹壕の経験があまりにもむごい記憶として残り、魂の抜けた別人のようになって 警察に戻ってきた男。でも、不思議と人の心をつかんで喋らすのがうまいの。
にえ 第一次世界大戦のイギリスといえば、塹壕だよね。イギリスの 戦争と塹壕は切り離せないものがあって、バーバリーコートなんかが産まれたのも塹壕あってのことだし。
すみ 兵士たちが土を掘って溝をつくり、その中を走りまわり、その 中で寝起きをして戦争をしたのよね。犯人の心にも、マッデン警部補の心にも、塹壕の記憶が刻みつけられ てるの。
にえ ヒロインは、マッデン警部補の捜査も、精神的にも助けるハイ フィールド村の女医ヘレン。ビックリするぐらい強い女性なのよね。
すみ マッデンの上司シンクレア主任警部もよかったよね。 新しい物好きで、警察捜査に科学捜査を持ちこんでいこうと一生懸命で、最後にはヘレンのような女性の 採用も考えはじめちゃうところがナイスだった(笑)
にえ あと、マッデンの下で働く警官たちも、それぞれがいろんな 想いを抱きながら必死で捜査する姿が描けててよかったし、かばいあって、助け合っていく人間関係の あたたかさが良かったな。
すみ そういう警察内の人間関係は、現代では科学捜査で失われつつ あるのかな。この時代はかなり洞察力とか、勘が必要とされてるから、そういう面の才能がありそうな若手 を育てようって体制ができあがってるように見受けたけど。
にえ でもさ、この本は人間関係はあたたかかったけど、ストーリー のほうはかなりハードだったよね。
すみ 怖かった。まったく罪のない人たちが、いきなり惨殺されちゃ うから、この人も殺されるのかなって心配しながら読みすすんだな。
にえ 猟奇殺人犯は、過去のある記憶がもとで、金髪の美人妻のいる 家庭を襲いつづけてるのよね。ハイフィールド村の事件がもとで、過去にも同じ事件を起こしていることが わかってくるし、新たに狙っているターゲットは、警察が先に気づいて阻止できるか、猟奇殺人が再発して しまうのか、ドキドキの連続だった。
すみ あと、住所も名前もばれていない殺人犯は、ハーレー・ダビッ ドソンのサイドカーつきバイクに乗ってることとか、そういうわずかな情報しかないんだけど、それでも偶 然に気づいちゃう人がいて、これまた殺されるの、助かるの、とドキドキだった。
にえ 捜査は、1921年当時では最先端の科学捜査、まだ認知され きっていない精神医学を利用した、今でいうプロファイリング、それに地方の警官の地道な調査、などなど、 これはもうリアルだし、綿密だし、すごかった。
すみ あと、警察内部の上層の権力争いや、マスコミとのかけひき、 なんてのもみっちり書けてたよね。このへんは文句言う人いないでしょ(笑)
にえ 最後のビックリが、こういう本を読み慣れた人にはさほどビッ クリじゃないかもってのが唯一心配だけど、完成度の高いサイコ・スリラーでした。アメリカもののサイ コ・スリラーと比べると、違いを感じてまたおもしろかったし。一読の価値ありでは?