すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「偶然の音楽」 ポール・オースター (アメリカ)  <新潮社 文庫本> 【Amazon】
離婚後に残された一人娘を姉夫婦に預け、ボストンで消防士として働くナッシュは、ある日、三十年 以上行方がわかっていなかった父親の財産を受けとることになった。ふってわいたような多額の金を持ち、 ナッシュは、あてのない旅に出た。そして、夏の終わりの朝、道に倒れている若者を拾った。若者の名は ジャック・ポッツィ、ポーカーで金を稼いでいるという。ちょっとした不運にみまわれ、今は金のない身 だが、元手の一万ドルさえあれば、大きな勝負の約束があり、何倍にも増やすことができるのだ、とジャ ックは語った。ナッシュは軽い思いつきで、自分の運命をジャックにかけてみる決意をした。
にえ 私たちにとっては3冊めのオースターです。
すみ 『最後の物たちの国』『ムーン・パレス』に続いてこの本。 この本でやっと、よく言われるオースターの「喪失感」の意味がチョッピリわかったような気がした。
にえ 悲劇的というか、残酷というか、虚ろな気持ちになるというか、 そういう感じのするラストまでに向かっていく過程がね。
すみ 主人公ナッシュは、最初からちょっと虚ろな人だったよね。 離婚して、姉夫婦のもとで育てられることになった娘はナッシュを忘れかけていて、なんのために生きて いるのか、わからなくなっているような状態。
にえ 『ムーン・パレス』の主人公フォッグと共通するところが 多かった。親を含めた他人との結びつきが薄くなってしまっているところ、生きる目標を見失っている ところ。
すみ その後の運命も、かなり似かよってたよね。
にえ 行くところもなく、目標もないから、とりあえず目先にぶらさ げられた仕事を始める。
すみ 仕事じたいは、あんまり意味をもたないというか、自己が向上 するような仕事じゃないんだけど、その仕事の先に、少しは生まれ変わって、目標を持てるような自分にな ってるんじゃないかという淡い期待があるのよね。
にえ 一見、無意味で、やりがいがなければない方がいいのよね。 そういうことをやりこなすことによって、なにかを得ることができるんじゃないかと主人公は期待する みたい。
すみ その辺の心情は、わかるような、わからないような、なん だけど(笑)
にえ そんでもって、その仕事がなんとも不思議な、ありそでな さそでって感じのリアリティーも同じだった。
すみ この本では、お金持ちの人が敷地内に運び入れた石を、 積み重ねて壁にするってお仕事でした。
にえ 石は、城の残骸なのよね、わざわざヨーロッパから船で 運んだ。でもって、つくる壁は、まあモニュメントのようなもので、べつになにかを区切るとか、そう いう役に立つしろものじゃないの。
すみ まあ、そんなわけで、人生から落っこちかけてるような主人 公が、空しい仕事をさせられるはめになるって話なのだけど。
にえ 今回、なんといっても印象に残るのが、ジャックとマークス っていう二人の登場人物。
すみ ジャックはナッシュよりずっと若くて、どこか頼りなげで、 それにナッシュに育った境遇が似てたりするのよね。
にえ ナッシュはジャックに強く惹かれ、深いつながりを持ちたいと 心の底では願ってるんだろうけど、あまり他人と強く結びつくのをおそれる気持ちもあって、ナッシュの その複雑な思いが、なんともせつなかったよね。
すみ 最後になってみると、マークスの存在が大きかったけど。 マークは雇われ主の指示で、ナッシュを見張る役割の人なんだけど、この人がいい人なのか、悪人なのか、 これは頭を悩まされるよ〜。
にえ いい人だけど、雇い主には忠実で、自分の良心に問うこと もせず、盲目的に言われたとおりのことをする人って可能性も高いよ。
すみ そういうとにかく、人と人の関係で、どこまで信じていいの、 どこで線を引けばいいのって悩ます場面がたくさん出てきて、なんとも考えさせられる本でした。
にえ ストーリーも、わかっちゃうとおもしろくないと思うんで、 ほとんどしゃべってないけど、これからどうなるの?!ってドキドキするシーンがいくつもあり、 飽きさせない展開だった。
すみ 不思議な屋敷の描写とか、登場人物の過去の話とか、 どれも変わってて、そっちのおもしろさもあったよね。
にえ 読後感の後味の悪さが、妙に快感でもあったな。私はこの本で やっとオースターを好きになりはじめた気がする。