すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「供述によるとペレイラは……」 アントニオ・タブッキ (イタリア)  <白水社 Uブックス> 【Amazon】
1938年、ポルトガルの新聞記者ペレイラは、大新聞の社会部で三十年間活躍したのち、ぱっとしな いリスボンの日刊紙「リシュボア」の文芸面の編集長となった。ペレイラは偶然手にした雑誌に載っていた、 モンティロ・ロッシという青年の卒業論文を読み、なんとなく電話をかけ、会ってみることにした。自分の 若い頃にどことなく似ているモンティロ青年を文芸面の助手にしようと思い立つが、モンティロ青年は政治 的に問題のある文章しか書かず、ペレイラは当惑する。
にえ これはちょっと感動してしまったな。私たちにとっては4冊め のタブッキなのだけど、こういう作品も書くんだってまた驚いたし。
すみ 時は1938年。1939年9月にドイツがポーランドに侵入 し、第二次世界大戦へと突き進んでいくことになる一年前の、ヨーロッパ全土が政治的に揺れているとき よね。
にえ ドイツ、イタリアはもちろんファシズム、極度の愛国主義へ 向かっていってるんだけど、ポルトガルもはっきり加盟していないとはいえ、ドイツ、イタリアに友好的 で、ファシズム寄り。
すみ その辺の微妙さが、この本でも描かれてたね。
にえ なんか誰もが、はっきりと自分の主義主張を口にしないのよね。 あなたはそれについてどう思われます?って訊かれても、自分の立場がまずくならないように「う〜ん」で 言葉を濁しちゃうような、いやな雰囲気。
すみ 各地でいろいろ事件が起きてるみたいなんだけど、新聞にも 載ってなくて、ただ人の口から口へ伝えられていくだけだしね。
にえ そんな中でペレイラは、はじめは無頓着。あまり政治的なこと には関わらず、美しい詩や小説のことしか考えたくないって感じだった。
すみ 最愛の奥様を亡くして、ぼんやり生きてるだけって、ちょっと 怠惰な状態だったよね。
にえ 亡くなった奥さんの写真に話しかけ、ニュースも知ろうとせず、 フランスの短編小説を翻訳したり、亡くなった作家の追悼文を書いたり、ね。
すみ 三十年間社会部の記者としてバリバリ働いてたって片鱗がな いの。体型にもそれは現れてて、甘いレモネードばかり飲んで、ぶくぶく太っちゃって。
にえ それが、モンティロ・ロッシ青年に会って、少しずつ変わり はじめるのよね。
すみ とはいっても、モンティロ・ロッシ青年の反ファシズム的な 思想に共感するわけじゃないの。
にえ モンティロ青年の思想に危険を感じ、さらに過激な思想を持っ ているらしいモンティロ青年の恋人マルタには反感を持つし。ただ単に、モンティロ青年に惹かれたのは、 なんとなく自分の若い頃に似てるってそういう情が移ったような心理だけなのよね。
すみ 最初のうち、ペレイラってすごく鈍い人間に思えたよね。
にえ うん、お人好しで鈍い中年男が、若い青年に利用されて、好ま ざる政治活動に巻き込まれていく図が見えてきたようで、なんか息苦しかった。
すみ でも、そのうちに「あれっ」と思った。ペレイラはフニャフニ ャッと笑ってるだけの人かと思ったら、ここって時にはきつすぎるぐらいはっきり意見を言うし。
にえ 眠っているように生きてるみたいでも、その下には、知性や 正義感がはっきりとあるのよね。三十年間、大新聞の社会部で一線級の記者だったんだから、まあ 考えてみれば当たり前なんだけど。でも、なかなか表に出してこないよね。
すみ 理性以上に感受性が強い人なんじゃないかな。最後の最後まで 感受性に突き動かされるようにして行動してる気がしたけど。
にえ うん、社会の事情をだんだん知るようになり、フランスへ逃げ ようとしている療養所の医師に意見を吹き込まれ、少しずつ、国内の動きのおかしさに気づいていくんだけ ど、最後まで政治的なことを語ろうとはしなかったよね。
すみ ファシズム反対! ポルトガルの政治は間違ってる〜!なんて 叫ばない。静かに静かに、心の奥底で考え続けてるよね。
にえ ペレイラが政治に目覚め、ガンガン行動するようになる人 だったら、私は最後まで読んで、ここまで共感できなかったと思う。抑えてる人だからこそ、心情が ヒシヒシと伝わってきた。
すみ それにしても、一区切りごとに「……とペレイラは供述して いる。」って文章でしめられてるよね。つまり、すべて取り調べを受けてペレイラがこれまでの行動を 語っているって設定でしょ。ということは……なのかな。
にえ いや〜、それは考えたくないっ。
すみ とにかく、国全体がゆっくりとファシズムに走っていく過程のおそろしさが ジワジワと肌に伝わってくる怖さだったし、ペレイラのとった行動には、人としてどう生きるべきか、あら ためて考えさせられたし、感動しました。オススメです。