すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「黒い塔」 P.D.ジェイムズ (イギリス)  <早川書房 文庫本> 【Amazon】
白血病の疑いで入院していたダルグリッシュ警視だが、ぶじ疑いは晴れ、退院することになった。 ダルグリッシュは仕事に復帰する前の休暇中、どうしても会いたい人がいた。三十年ぶりに会う、 今は高齢となったパドリイ神父。ダルグリッシュの父が神父だった頃、副神父として仕えていた懐かしい 人。パドリイ神父は警官としてのダルグリッシュに相談したいことがあるという。ところが、 パドリイ神父が終の棲家としていたドーセットの障害者用私立療養所に着いてみると、パドリイ神父は亡くなって、埋葬もすませたあとだった。
にえ 私たちにとって、8冊めのP.D.ジェイムズです。これは、シルバーダガー賞を受賞してます。
すみ 「不自然な死体」と同様、ダルグリッシュは職務を離れて、休暇中のみでありながら事件に巻き込まれちゃう。
にえ しかも、懐かしい人を訪ねるという設定まで同じだよね。
すみ そして、行ってみると、パドリイ神父は亡くなってて、 ダルグリッシュに何を相談したかったのかわからない。
にえ 心臓発作で亡くなったパドリイ神父の前にも、 自殺なのか、他殺なのかわからない、あいまいな死に方をした人が約一名。
すみ で、ダルグリッシュが見つけたのは、パドリイ神父あての 的はずれな嫌がらせの手紙。どうやら手紙は療養所内のいろんな人に送りつけられているみたい。
にえ とまあ、ここまでは、なんだかどこかで読んだような平凡な ミステリって感じだよね。
すみ でも、読み進めていくと、アレ、感触がなんか違うって 気がしてくるの、で、そのまま思ってもいないところに連れて行かれちゃうような。
にえ 平凡なミステリとも違うけど、P.D.ジェイムズの 今まで読んだ作品とも、チト違ってたしね。
すみ そうなの、そうなの、なんといっても驚いたのが、次々と人が 殺されてっちゃうこと。これでもかって感じだよね。
にえ 療養所内には、患者が数人と、職員数人といるんだけど、 私は途中で、これだとこの本の最後には、全滅しちゃうんじゃないかと思ったよ(笑)
すみ 私立療養所は、自分が不治の病から立ち直り、ボランティア 精神に目覚めたウィルフレッドって人が、経営しています。
にえ なんかこのオジサン、自分の理想を追い求めてるだけで、 いわゆる優しい人とはちょっと違うよね。それに、なんとなく印象が薄いような……。
すみ それに対して、ウィルフレッドのお姉さんのミリセントって オバサンは濃いよね。しゃべる、しゃべる(笑)
にえ で、療養所内の職員は、わけありな人ばかり。前の病院で、 患者を虐待してクビになったっていう婦長やら、少年院出入りしてた雑役夫やら、医学界から追放されかかった医者やら。
すみ ようするに、資金繰りがよくないから、人件費を安くあげよう として、わけありな人ばかり集めてるのよね。まあ、P.D.ジェイムズの本の登場人物だから、みんな ギョギョッと奇異っていうより、うっすら怪しげってかんじだけど。
にえ ウィルフレッドの先祖にも、療養所のそばにある黒い塔を、 内側から出られないようにして閉じこもり、そのまま壁をかきむしりながら死んだ、なんて人がいたりもするのよね。
すみ 医者と看護婦が不倫してたり、なんだかよくわからないけど、 キザったらしくて、金の匂いをプンプンさせてる男性が敷地内に住んでいたり、ちょっと変な療養所だよね。
にえ 患者は、どちらかというとおとなしいよね。みんな辛い事情 と過去があって、この療養所に住むことになった人たち。ゆっくりと難病に浸食されていく体で、じわじわ と迫る不幸と一緒に暮らしてるの。
すみ その患者たちにも、かつては療養所内が明るくなるような出 来事があったのよね。その喜びを奪われてしまったから、いっそうみんな沈みがちなの。
にえ その他にもいろんな過去が絡んでくるよね。P.D.ジェイム ズらしく、はっきりと縺れあって見えるってかんじじゃなくて、うっすらと結びつきあってるみたい。
すみ で、なんで感触が違うなと思ったかというと、全体には病人た ちのひっそりとした雰囲気が漂ってるのに、人はバカスカ死ぬわ、最後のほうにはサスペンサフルな大舞台 が用意されてるわ、なんか派手。登場人物たちは陰気に反応し、ストーリーは派手に進行していくって かんじがしたな。
にえ 謎解き部分でも、あ、そう来たのかって驚いたよね。違和感は あったけど、これはこれで好きかも。うまくすべてがつながったし。最後のほうの犯人とダルグリッシュの 対決はなくてもよかったけど、まあいいや(笑) とにかく、これは読んで良かった、納得の1冊です。