=「すみ」です。 =「にえ」です。 | |
「ヴァインランド」 トマス・ピンチョン (アメリカ)
<新潮社 単行本> 【Amazon】
アメリカのヴァインランド郡で、一人娘プレーリイと暮らすゾイドは、元バンドマン、現在は 何でも屋、そしていまだにドラッグとヒッピーファッションを捨てきれない中年フラワーチャイルドだ。 ゾイドは毎年、郡内で窓破りなる儀式をすることで、ちょっとした有名人。昔からの仲間たちにも 囲まれ、こういう暮らしも悪くない。と思いはじめたところに、定期的にもらって生活費の足しにしていた、 精神障害者手当が唐突にうち切られ、我が家は破壊されて兵隊に占拠され、忘れかけていた悪縁の 麻薬取締官ヘクタがTVフリーク更正施設から逃げ出して危険をしらせに来たり、とただならぬ事態。 プレーリイとはひとまず行動を別にし、逃げることにしたゾイドだが……。 | |
おもしろかった〜。そして、大笑いっ。 | |
そう、もう笑っちゃうしかないよね。だって、ピンチョンって 難解だって聞いてて、おそるおそるって感じで読んでみたら、なんと難解どころか、ユーモア小説並みに読みやすいやら、おもしろいやら。 | |
ピンチョンっていう作家さんがなぜ難解って言われるかというと、 たとえばこの本の17年前に書いた『重力の虹』って本では、物理学から、ロケット工学から、オカルト学 に古典神話、ドイツ文学にアラビア言語、とまあ挙げていったらきりがないほどの知識をどっさり詰め込ん であるらしくって、そういう本を書く作家さんだから、難解って言われてたらしいの。 | |
で、そういう物凄いものを書いた作家さんが、17年後に書い たこの『ヴァインランド』は、難解どころかワクワクさせる、テレビ、映画、流行歌、それに日本! の 深入りしすぎない程度の知識を散りばめた、楽しい、楽しい本なのでした。 | |
テレビは、私たちも子どもの頃から馴染んでいるトウィーティー やロードランナーの出てくるアニメ「ルーニー・チューンズ」のことやら、人気ドラマシリーズの「スタート レック」ネタに「アイ・ラブ・ルーシー」「バイオニック・ジェミー」、それからニュース番組の「シックス ティ・ミニッツ」、あとレイカーズの試合のバスケットボール中継まで、まあ次から次へと知っているの、 知らないの、次々と出てきちゃう。 | |
わからなくても本筋を見失う心配はないから、わかってる分は 喜んで、わからない文は雰囲気を楽しむ、それで充分だったよね。 | |
私は「スタートレック」が好きだから、クリンゴン人とかチラッと 言及されたりするたびに、大喜びしてしまった(笑) | |
で、もっとおもしろかったのは、やっぱり日本だよね。日本が 舞台に移ると、上野のホテルに夜の六本木、帝国ホテルのスイートルームに、パチンコ屋、それにヤ○ザの ドン、ヤマ○チ組の組長まで出てきたり、とにかく、ピンチョンさん、あなたよく知ってるわね〜という 描写の連続! | |
しかも、忍者が出てくるのよね。忍術が、三年殺しとか七年殺し とかのパロディーの「一年殺し」とか、「くの一忍法・死の接吻」とか、名前を聞いただけで笑ってしまう。 | |
ストーリーもまた、ハデハデ原色系の作りもの世界が、緊張感 ピリピリもので進んでいって、飽きるってことはなかったよね。 | |
過去が少しずつ語られていき、謎が解けていくかんじなんだ けど、時はヒッピー全盛期のアメリカ、セックスとドラッグと学生運動に燃える学生たちのいるサーフ大学 から、すべては始るの。 | |
その大学にいたのが、プレーリイの母フレネシなのよね。 フレネシは学生運動員の一人で、カメラマンでもある。 | |
そこでDLって女性と知り合うんだけど、この人が、最初は 軍人である親に連れられて沖縄、2度目は白人奴隷として東京でセリにかけられ、と2度日本に来てて、 そのときに忍術を学んでるの。 | |
で、プレーリイの母のフレネシは、いろいろあって身を隠す ことになり、逃げた地でゾイドと結婚、プレーリイを産むんだけど、学生運動時代からの腐れ縁というか、 愛人である連邦検事ブロック・ヴォンドとよりを戻し、ゾイドとプレーリイを捨てたかたちで、またまた 姿を消しちゃいます。 | |
まあ、そこにはいろんな秘密や事情があるのだけどね。 | |
で、さらにフレネシは、ブロック・ヴォンドのもとを去り、 未練があったりいろいろで、フレキシを追い求めるブロック・ヴォンドはゾイド・プレーリイ父子を襲う。 | |
プレーリイが逃げた先は、DLのくの一道場みたいなところ。 そこには「文茂田 武(ふみもだ たけし)」なんて名前の、かなり変わった日本人男性がいたりする のよね。 | |
DLを操り、ブロック・ヴォンドを亡き者にしようと狙う マフィアのボスのような存在のラルフ・ウェイヴォーンなんてのもいるよ。 | |
で、プレーリイは母フレネシに会いたいと切に願い、フレネシ は危険を感じてブロック・ヴォンドから身を隠そうとしているところ、ゾイドは未練タラタラでフレネシの ことを思い続けながらも、ブロック・ヴォンドに対抗するすべを探し……。 | |
いちおう、悪がブロック・ヴォンド一人で、他の人は被害者で あり、ブロック・ヴォンドを倒したいと願っている、最初に見えてきたのはそういう構図だよね。 | |
うん、最初のうちは善対悪の単なるドタバタ活劇かと思えた よね。 | |
それがどんどん世界が拡がっていって、目の前が開けていく 展開になっていき、最後のほうには、善対悪なんてものは、どうでもいいところまで昇華されていった感じ。 | |
とにかく翻訳者さんがピンチョンの長すぎる文章をぶつ切り にしてまで読みやすくしてくれたそうで、テンポよく進んでいくんだけど、いろんな要素が含まれてて、 そっちでも楽しめたよね。 | |
全盛期を過ぎたヒッピー族の淋しい気持ちを抱えながらも、 エネルギッシュな生き様とか、迷えるアメリカの近代史とか? | |
あと、夜の東京の描写に、なんだか馳星周さんの世界みたい と思ったり、けっこうグロな麻薬の描写に花村萬月さんかい、と思ったり、プレーリイの言動のいかにも 現代的な少女の瑞々しさを感じで、フランチェスカ・リア・ブロックかい、と思ったり。 | |
あ、現実を書いてると思ったら、突然、暗黒ファンタジーの ようなところに落っこちていって、ジョナサン・キャロルみた〜いなんてところもあったよね。あと、 病めるアメリカ人たちの退廃ぶりに、ちょっとヘンリー・ミラーあたりも連想したり。 | |
でもさ、この本はあの辺の腐れ感はないでしょ。登場人物が みんな、とってもキュートだし。アメリカは病んでいるけど、人間はまだまだ捨てたものじゃないぞ、 みたいな明るい陽射しがさしてきてたし。 | |
まあ、とにかくいろんな読み方ができるし、おもしろさも 盛りだくさんで、一言ではまとめられないんだけどね。 | |
知識をたっぷりつめこむ作家だと聞いてたから、勝手に読者を 置いてきぼりにするタイプのインテリ作家かと思ってしまったけど、読んでみての感想は、「熱い人だ な〜」。熱が伝わってきたよ。 | |
ちょっと目が回るような小説ではあるから、好き嫌いは分かれ るところなのかな。でも、私たちはすっかり気に入ってしまったよね。難解だと噂の他の作品にも挑戦だっ!(笑) | |