すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「スローターハウス5」 カート・ヴォネガット・ジュニア (アメリカ)  <早川書房 文庫本> 【Amazon】
カート・ヴォネガット・ジュニアは、第二次世界大戦中に捕虜兵士として体験したドレスデン無差別 爆撃を小説に書くことにする。主人公はビリー・ピルグリム、ひ弱でとりえのないこの男は、アメリカ軍 兵士となり、捕虜となってドレスデン無差別爆撃にあい、自国に帰って眼鏡屋として成功し、金持ちとなる。 時の流れから解き放され、人生の過去を未来をさまよいながら。地球からはるかに離れたトラルファマドー ル星の動物園で、有名女優モンタナと檻に入れられながら。
にえ 私たちにとって、3冊目のヴォネガットです。
すみ 不思議な読後感の小説だったよね。
にえ 冒頭ではヴォネガット自身が一人称の主人公のように登場し て、自分が経験したドレスデン無差別爆撃について書こうとしてるの。
すみ 戦友のオヘアって人と現在のドレスデンを見に行ったり、 友人に反戦小説を書きたいんだと話してみたり。
にえ それからビリーを主人公とした小説部分がはじまるのよね。 だから、これから実体験をもとにした作り話をはじめますよって言ってるようなものなの。
すみ うん、実際読んでて、実体験から書いた描写の部分と、作り話 の部分がハッキリ見分けがつくよね。縫い目の粗いパッチワークを見てるみたいだった。
にえ それに加えて、「そういうものだ。」って文の繰り返し。 これがちょっとぎこちない気がしたよね。
すみ この繰り返しの技は、私たちが前に読んだ2冊にもあったけど、 この本はその2冊より20年近くも前に書かれた小説だから、前に読んだ2冊の適切な場所で、適切な量の 繰り返しをする洗練された感じに比べると、乱発射ぎみでタイミングも良かったり悪かったり。
にえ で、これもやっぱり前に読んだ2冊と同じなんだけど、どうや らヴォネガットさんは、時の流れを追った普通の小説を書くのはいやみたいで、この小説も時間が細かく 交差していくの。
すみ 設定としては、すべてビリーの頭のなかで起きていることなのよね。
にえ 兵士のビリーが気絶したり、眠ったりすると、未来に行ったり、 過去に行ったり、トラルファマドール星人に拉致されて、円盤で連れ去られたりする。そのうちに、かなり 激しくあっちに行ったり、こっちに行ったりしだすの。
すみ 仲間に体を支えられ、ひたすら前に向かって歩きつづける兵士 のビリー、ドイツ軍の捕虜となってシロップ工場で働くビリー、検眼医として患者を診るビリー、新婚旅行 に行くビリー、老人になったビリー、などなど、人生のあらゆる場面に行ったり来たりする。
にえ あと、連れて行かれたトラルファマドール星で、動物園の檻の 中に裸で閉じ込められ、有名女優モンタナと暮らすビリー、ね。
すみ どうやらビリーは、晩年には、自分がタイムトラベルしま くってることや、トラルファマドール星に行ったことについて公共の場で語るようになって、娘に叱られるみたい。
にえ タイムトラベルもトラルファマドール星も、ビリーの幻覚なの か、事実なのか、わからないもんね。ちなみにトラルファマドール星人たちは、戦争ばっかりする地球人を 客観的にみる眼としての存在ってのが小説内での役割みたいだけど。
すみ といっても、地球人は戦争ばっかりして愚かだ、もっと仲良く 暮らしなさい、なんてことを言うわけじゃないけどね。ヴォネガット流にもうひとひねり。
にえ あれはズキッときた。人間を改善するんじゃなくて、どうしよ うもない、なおりゃしないってところから、どうするか考えろって発想。
すみ で、まあ行ったり来たりでビリーの人生についてはわかって きて、肝心要のドレスデン無差別爆撃へと話は進んでいきます。
にえ これが不思議な読後感につながっていくのよね。ググッと盛り 上げて、涙なしには読めないような書き方をしているのかと思ったら、あまりにもあっけなく、さりげなく、 爆撃シーンと、爆撃後のドレスデンの惨状が書かれてた。
すみ つまりはそんなわけで、ややぎこちない物語の流れで、しかも、 とっ散らばってさえ感じる進行で、クライマックスに盛り上がりもなく終ってしまうの。
にえ なのに読み終わってから、ビリーの人生について考えてみたら、 ズシッと重いものが心に乗っかってきた。
すみ 話は飛びまくるし、あまりにもさりげなく書いてるから、読ん でるあいだは実感がわかないぶん、読み終わってからいっきに来るよね。
にえ アメリカ軍もドイツ軍も、ごく普通の田舎の農夫や子供といっ てもいいような若者たちが、なんにもわからないまま兵士になって、命じられるままに淡々と人を殺して、 殺されて、なにも感じないまま爆撃で黒こげ死体になって……。
すみ まさに戦争って「そういうものだ。」の軽い感覚で、感情も ないまま人々が殺しあってる。これほどの恐怖は他にないのかもしれない。ビリーもまた、戦争のあとにな って恐怖が追ってきてるよね。激しく訴えてくるわけじゃないから、読み終わってから、はじめて全体が見 えてビリーの苦しみにハッとした。
にえ 読んでるときより、読んだあとでじっくり思い返すことが大事な 小説なのかもしれない。ちなみに、スローターハウスとは、屠殺場のことだそうです。