すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「ドゥームズデイ・ブック」 コニー・ウィリス (アメリカ)  <早川書房 文庫本> 【Amazon】 〈上〉 〈下〉
2054年、オックスフォード大学の史学部、女学生のキヴリンが、歴史研究のために過去にタイムト ラベルすることになった。しかし、キヴリンが行く1320年は、タイムトラベルとしては未知の世界であ り、危険度10と指定されている。教え子の身を案じるダンワーシイ教授は反対したが、キヴリンは旅だっ てしまう。期間は2週間。ところが、直後に担当技師が謎の病で倒れ、大学構内は伝染病のるつぼに。技師 はダンワーシイに何らかのトラブルがあったことを伝えたいらしかったが、高熱のためにそれもかなわない。 14世紀にいるキヴリンを心配するダンワーシイだが。
にえ SFなのよね。しかも、SF界の三大タイトルであるネビュラ賞、ヒューゴー賞、ローカス賞をすべてとっちゃった立派なSF作品。
すみ でも、私たちが単純に考えるようなSFっぽさはほとんどない のよね。舞台は中世のイギリスと今からほんのちょっとだけ未来のオックスフォード大学。
にえ オックスフォード大学のほうは、いちおうタイムトラベルが行 われてるから、その点はSFかな、と思うけど、あとは現代と変わらないよね。
すみ 大学の食堂の食事も、伝染病が蔓延してからの大学内病院の 風景も、大学生や教授たちのふだんの生活も、今とまるで同じ。違和感なしだよね。
にえ その大学で、ダンワーシイ教授は、キヴリンを救おうと孤軍奮闘するの。
すみ なにしろ、なにか言おうとしてそのまま倒れちゃった技師は、 タイムトラベルでなにかトラブルがあったことを伝えたかったらしいからね。早くキヴリンを連れ戻さないと。
にえ もし、座標が大きくずれてるとしたら、1348年にはペス トが流行して、ヨーロッパの人命の大部分が失われてしまったんだから、これは大変。
すみ でも、大学では未確認のウィルスのために伝染病が発生して、 ばたばた人が倒れちゃうし、大学まるごと外界から隔離されちゃって、思い通りにいかないの。ウィルスが タイムトラベルによってもたらされたなんて言いだして、邪魔するやつまで現れるし。
にえ 助けてくれる人もたくさんいるけどね。とくに、親友である 医師メアリの甥っ子が、閉鎖された大学内にむりやり入ってきて、ダンワーシイ教授のもとに居候するこ とになるんだけど、この子が大活躍。
すみ いっぽう、14世紀に行ったキヴリンは、どうやら2054年 にいた時点で、ウィルス感染していたらしく、着いたとたんに熱を出して倒れちゃう。
にえ 21世紀に予想していたような14世紀像からはかなりずれて て戸惑うしね。連れて行かれた先がまた、わけあり家庭なの。
すみ 口うるさくて偏見に満ちた祖母イメイン、夫の到着を待ちなが らも、下男と心を通わす母親エリウィス、二人の娘ロズムンドとアグネスという女ばかりの家族。
にえ あと、見かけは大男で乱暴者風なんだけど、じつは美しい心 を持つ聖者、田舎神父のローシュも大事。
すみ なにがおもしろいかって、これだけ派手な展開に持っていける 設定なのに、あえてそれを避け、14世紀の人々のなかでも、ごくごく普通の人たちの生活を未来人の目か ら克明に描いてるってこと。
にえ そうなの。たとえば、王様に会ったとか、貴族と狩りをしたと か、そういう話に持っていけば、簡単に資料も集められるし、書きやすいと思うんだけど、あえて大量の 資料を調べなければならないし、推測していくのも大変だろう普通の人々の生活を正確に書こうとするな んてスゴイ。
すみ この本を書くのに五年かかったみたいだけど、そりゃそうだよね。
にえ それだけ丁寧に書いてあるから、14世紀がすごく自然に、さ りげないんだけど緻密に書かれてるし、なんといっても読んでて肌で感じる描写がすばらしいの。
すみ それにさ、王様とかと違って、普通の人々じゃ歴史に残ってな いから先が読めないんだよね。どうなるんだろうとドキドキしながら読み進めた。
にえ 最初のうちは、とくに年少のアグネスがかわいらしくって、 キヴリンになついてきて、まあ、のんびり暮らせるかなって感じもあるんだけど、そのうちに大変なことに なってくる。
すみ ストーリーがどんどん進みだしても、人物描写が雑になってい かないところが、またスバラシイよね。
にえ 12歳なのに気持ち悪いオジサンと婚約させられてるロザムン ドの気持ちがヒシヒシ伝わってくるし、幼いアグネスの反応や傷つきかたは、ほんとにリアルで真に迫ってくるし。
すみ 田舎神父はダメだって最初っから決めつけてるイメインに追い つめられても、清く正しく生きようとするローシュ神父がまた、せつなくって良いのよね。
にえ これだけ丁寧に、しかも自然に書いてくれてると、だんだん 時代の人たちに感情を寄せていって、切れない関係になっていくキヴリンの心情がわかるよね。
すみ ここまでの丁寧さで、バッチリ感情移入させてくれたからこ そ、最後のほうで、ホントに、ホントに大変なことになっちゃうんだけど、もう自分のことのように必死に読めた。
にえ 最初のうちはタイムトラベルとか、14世紀とか、リアルなの かな?なんて考えながら読んだりもしたけど、いつのまにか本の世界に引きずりこまれ、夢中になって読んで しまった。最高におもしろい小説。これはもちろん、オススメ!
すみ ちなみにドゥームズデイ・ブックとは、ウィリアム一世が 1086年につくらせた土地台帳のことで、ほんらいの意味は「最後の審判の日」「運命の日」だそうで、 この本では、キヴリンが自分の報告書に名づけた名前です。