すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「コレリ大尉のマンドリン」 ルイ・ド・ベルニエール (イギリス)  <東京創元社 単行本> 【Amazon】
イタリアとギリシアのあいだにあるイオニア海にある、ケファロニア島はギリシア領だが、 さまざまな侵略の歴史があり、独特の文化をはぐくんでいた。第二次世界大戦の影が忍び寄り、 ムッソリーニ率いるファシズムがギリシアに牙を向けはじめたとき、ケファロニア島でも抵抗の声が あがりはじめていた。医者の娘ペラギアは、漁師の美青年マンドラスと婚約したが、ペラギアとは身分が 不釣り合いであることを気にしたマンドラスは、軍隊に入って箔をつけてからペラギアと結婚しようと決心した。
にえ イギリスではコモンウェルス作家賞を受賞したり、後世に残し たい小説の一つに選ばれたり、なにより日本では、映画化でいっきに有名になった本、だよね。
すみ 私たちはあいかわらずで映画は観てないんですが(笑)、 映画の予告CMで受けた印象と、この本を読んだ印象はまったく違ってたな。
にえ そうそう、戦争を背景にした、ノホホンとした恋愛小説なのか と思ってたよね。
すみ 実際は、第二次世界大戦でイタリア・ドイツのファシズムで 痛めつけられ、戦争が終ったと思ったらギリシアの内戦でまた苦しみ、それが終ると大地震で島の崩壊 から復興までと、もがき苦しみつづけるケファロニア島と、そこに住むペラギアという女性の半世紀にわたる物語。
にえ 最初はちょっと戸惑ったよね、中は73と細かい章に分かれて るんだけど、最初のうちはそれぞれ書いてある舞台が違ってて、それが交互に出てくるから、わかってくる まではバラバラの印象。
すみ 大まかに分けると3つに分類されるんだけどね。1つめは、ム ッソリーニひきいるファシスト党の外務大臣チアーノ、統合参謀本部長パドリオの独白や行動について書か れた章。ファシズムを痛烈に批判した、いやみな皮肉たっぷりの文章だった。
にえ 2つめはイタリア軍の兵士カルロの話が書かれた章だよね。 仲間の兵士への同性愛のつらさや、上からのおかしな指示の連続への戸惑いが、大男だけどじつは賢いカ ルロの眼を通して書かれてた。
すみ イタリアがどうやって無茶な戦争を引き起こ そうとしてたかが見えてきたよね。ギリシア兵の服装をして、味方に攻撃をしかけさせられたりとかするん だもん、ひどい話。
にえ で、3つめがケファロニア島の話の章で、これだけは最初のうち、 ノンビリと牧歌的なの。ちょっと変わり者だけど尊敬できる父親や、お茶目な少女レモーネや、動物に囲まれ て暮らすペラギアが生き生きと描き出されてて。
すみ 島民たちはみんなユーモアたっぷりで愉しげだし、女であり ながら医師になろうとするペラギアも気が強くって、なかなか好感が持てるしね。
にえ この3つの異なる話が交互に出てきて、並行して進んでくの。 で、3分の1ぐらいまでいったところで、すべてがつながって、全体が見えてくる。
すみ 占領軍であるイタリアのコレリ大尉が島に現れると、カルロも 島に来てつながるし、ペラギアと別れ、地下組織に潜って革命をねらうようになるマンドラス青年によって、 ファシズム台頭からギリシア内戦への流れも見えてくるしね。
にえ それにしても、ペラギアの人生は過酷だった。少女から大人 の女性に成長しつつある時期から老婆になるまでがビッチリ書かれてるんだけど、これでもか、これでもか ってほどにつらい出来事がやってくるの。
すみ 肉体的にも、精神的にもかなり辛い状況の連続。愛すべき人た ちの残酷な死も次々に訪れるしね。
にえ ただ、よくある女の一生苦労話かっていうと、それも違うのよね。
すみ 悲劇と同じ量の喜劇があって、笑ったり、胸をつかれたり、 微笑んだり、ググッときたり、読んでるあいだにいろんな感情が錯綜するよね。けっして悲しいばかりの話 じゃないの。
にえ まず、コレリ大尉。この人は不思議な人だよね。なんか掴みど ころがなくって。
すみ 戦争やる気なんか全然なくって、陽気で楽しくしてるのが好き な人。ひたすら音楽を愛し、子供や動物が大好きなの。
にえ で、たまにビシッと鋭いことを言うかと思えば、くだらない ことで落ち込んでメソメソしてたりして、繊細な芸術家肌の人で、ヒーロータイプじゃないよね。
すみ ファシズムに抵抗する島民たちのためにひどい目に遭ったり するんだけど、それがまたユーモラスで笑わせてくれる。憎めないよね。
にえ レモーネって女の子がまた可愛い。なにしろこの子のお 父さんは、娘を使ってお医者様に、猫はどうして言葉をしゃべれないのか質問しようとするような人ですか ら、レモーネがおもしろくないわけがない(笑)
すみ マンドラスの母親ドロスーラもいいよね。すんごい醜女なんだ けど、賢くって、行動力があってかっこいいの。
にえ 年中酔っぱらってるアルセニオス神父は、ものすごい失敗談で 笑わせてくれたし、山に住む山羊飼いのアレコスは、無知ゆえのかわいい笑いを運んでくれたし。
すみ 反発しあいながらも心だけで愛しあうペラギアとコレリ大尉、 それを見守るカルロやドイツ軍人ウェーバー、イギリス軍人バニオスなんかの眼差しに胸あたたまったりするしね。
にえ でも、戦争、内戦、地震と続き、幸せはなかなかやって来ない。 ユーモアと悲劇、このコントラストが小説の深みを増してるって感じだったよね。悲しい部分はネチネチと は書かないでくれてるから、読んでてつらくなりすぎないし。
すみ とにかく愛せる人ばかりが出てくるから、どうなっちゃうんだ ろうと夢中になって読んだし、最後まで読むと、ペラギアの苦労も人生の終わりかけに手に入れる幸せのた めにあったような気がして、心の底から読んで良かった〜って気持ちになれた。
にえ イギリスでも、最初は話題にもならなかったのに、ジワジワ売れ ていって、最終的にはベストセラー40のなかに、なんと149週も載りつづけたのだとか。読んでみると、 それがよくわかる。読んで良かった、他の人にも勧めたいって絶対思う本。この余韻から、とうぶん抜け出 せそうにないな。