すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「ソロモン王の絨毯」 バーバラ・ヴァイン (イギリス)  <角川書店 文庫本> 【Amazon】
地下鉄マニアのジャーヴィスは、世界中の地下鉄を見て歩き、地下鉄の本を書くことが夢だった。 そこでジャーヴィスは、祖父が残した学校の建物をいく人かの住人に貸すことにした。まず、いとこの ティナ。ティナは性に奔放な女性で、ジャスパーとビエンヴィダという二人の子供がいる。それから、 地下鉄でガーディアンエンジェルのようなボランティアをしていた鷹を飼っているジェド、地下鉄構内で 楽器演奏をしていた青年トムに声をかけ、住まわせることにした。トムは夫と子供を捨てヴァイオリニスト をめざすアリスを誘い、アリスも学校に住むこととなった。住人はこれで充分。安心して、最新式の地下鉄 を見学しようとロシアに発ったジャーヴィスだったが、彼のいなくなった学校に、アクセルという謎の男 が現れた。
にえ やっと翻訳されてうれし〜。これはルース・レンデルが別名義 バーバラ・ヴァインで1991年に書いた作品で、ゴールデン・ダガー賞とってるんだけど、和訳出版が遅 れてたの。ファンとしては待ちに待った作品。
すみ 解説を見て納得したよね。この作品に問題があったわけ じゃなく、事情があって翻訳者さんが交代したためでした。
にえ それにしてもひどい解説だったよね。翻訳者さんとは別に解説 者がわざわざ書いてるんだけど、的はずれなことをクドクド書いたうえ最後に、レンデル・ヴァインはあま り読んでないから、よくは知らないなんて平気で書いてあるの(笑)
すみ この解説も本代に含まれてるんだと思うとムカツクよね。こん な意味不明の解説つけるんだったら、作者の経歴とこれまでの作品の列挙で充分。
にえ で、この本なんだけど、レンデルでもヴァイン名義で書いてあ ると、『アスタの日記』や『ステラの遺産』のような大河ドラマ的なものなのか、はたまたレンデル名義の ノン・シリーズものに多々あるような異常心理ものなのか、と気になるところでしょうが、これは純粋に サスペンスと言っていい作品でした。
すみ しかも、最初はバラバラだった登場人物たちが、やがてひとつ にまとまっていき、全員がズルズルと悲劇の坂道を滑り落ちていく、典型的なレンデル流サスペンス だったよね。
にえ 登場人物は、ジャーヴィスの学校を中心とした人たちなんだ けど、それ以上に印象に残るのは、みんな何らかの形で、深く地下鉄に関わり合っていくこと。それが 目新しい印象を与えてます。
すみ さすがに読書家レンデル。あいだ、あいだにジャーヴィスが 地下鉄について書いた文章が挿入されてるんだけど、地下鉄の知識が凄いし、持ってくるエピソードが いちいち気がきいてるの。こういう構成じたいも初めてだよね。
にえ 私がうれしかったのは、まず、登場人物に子供が二人含まれて いるところ。けっこう見逃されがちだけど、キッチリ子供を育て上げた経験のあるレンデルは、子供の描写が巧いんです。
すみ 甘ったるさがなくて、ピリリと辛口で書いてあるのに、愛情 感じちゃうのよね。過酷な出来事を乗り越えて、成長してほしいと願ってるみたいな。
にえ ティナの息子と娘。兄のジャスパーは友達数人と、走っている 電車の屋根上に登ってスリルを味わうという危険な遊びをしているの。
すみ 『死を誘う暗号』でスパイ遊びをする男の子たちもそうだった けど、こういうスリルに夢中になっていく男の子独特の世界を書かせると巧いよね〜。
にえ 妹のビエンヴィダは、まわりの人を失望させたくないばかりに 嘘ばっかりつく、こまっしゃくれた女の子。この子がまた良いのよ。
すみ あと、愛しあっているはずの母と娘が、気持ちのすれ違ってい く会話ばかりしてしまう描写も、いつもながら巧いよね。
にえ そうなの。今回は、自由奔放にふるまうティナと、娘が理解で きないまま、嫌われたくないばかりに核心をついた会話ができない母親、夢を求めて夫と子供を 捨てるアリスと、娘を愛しながらも娘の行動を非難せずにはいられない母親の2組が登場します。
すみ 孫と祖母の関係も2組あったよね。感謝しなきゃいけないと思い つつ、祖母の財産を期待してしまうトムと、期待を裏切られてトムに失望する祖母、ビエンヴィダの嘘を 見抜いているから、心の中でビエンヴィダの言葉をすべて裏返しにして聞きとる祖母。
にえ レンデルも、そういう年齢ってことかなあ(笑)
すみ でも、恋愛関係の細やかな心理描写については、オバアサン臭 さはまったく出てきてないよね。
にえ そうそう。二十代前半の女性アリスの一貫性がないけど、なん だか理解できちゃう恋愛心理の描写はいつもながらリアルで痛々しい。
すみ アリスは、やさしいけど不甲斐ない、ハンサムだけど癇癪持ち のトムと、危険な香りのする謎の男アクセルとのあいだで気持ちが揺れまくるのよね。
にえ やっと名前が出たけど、アクセルがこの小説のキーパーソン。 何かたくらんでるみたいなんだけど、なかなか本性を現さないの。
すみ 登場からして変なのよね。熊のきぐるみを着た、顔の潰れた 男と、地下鉄の電車の中をねり歩いてるの。
にえ ヨレヨレの黒いコート、首からさげたマフラー、陰気な表情、 不気味感が漂ってるうえに、なんだか地下鉄の路線やら配線やらについて異常に知りたがってるし、とにかく怪しい。
すみ アリスを誘惑するけど、なんか目的があってのこととしか思えないのよね。
にえ ジャスパーをつけまわしたり、アリスのバイト先の会社の電話 番号を知ってたり、ジャーヴィスの知人だって嘘ついて学校に住みはじめたり、理由がわからないだけに怖かった。
すみ で、レンデルですから、焦らしまくったあとに最後でドカン! 悲しいラストもレンデルらしかった。
にえ だけど、登場人物のそれぞれの人生が続いていくって匂わせ方 は、今までになかったよね。一人一人が一つの点に向かっていくんじゃなくて、いったん交差したあと、 また別々の道を歩いていってた。
すみ 今までレンデルを読んだことない人にも読んでほしいよね。 レンデル新境地の地下鉄(チューブ)サスペンス。陰湿ではないんだけど、とりあえず悲劇が嫌いじゃない人にオススメ。