すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「待ち暮らし」 ハ・ジン (中国→アメリカ)  <早川書房 単行本> 【Amazon】
毎夏、木基(ムウチイ)の病院で軍医官として働く孔林(クオン・リン)は、妻と離婚するために鵝村 (ガチョウむら)に帰省していた。妻の淑玉(シュユイ)は親が決め、強制的に結婚させられた相手だが、 今どき流行遅れの纏足、年齢よりもずっと老けて見える容姿、とハンサムな軍医官の孔林とは釣り合わ ない女で、最初から愛情を感じたことはなかった。だが、田舎の村人たちにしてみれば、淑玉は貞淑で、 孔林の両親の最期を看取り、一人娘を育て、田畑を守る理想的な妻だった。それでも、長い別居生活のうち に孔林は呉曼娜(ウー・マンナ)という愛する女性もでき、なんとか淑玉と離婚したい。来年になって、 別居が十八年間となれば、淑玉が首を縦に振らなくても、離婚が成立するはずなのだが。
にえ 2つの短編集で、それぞれフラナリー・オコナー賞、PEN/ ヘミングウェイ賞を受賞、この長編『待ち暮らし』で全米図書賞、PEN/フォークナー賞を受賞。 「一流作家をうならせる作家」といわれる、中国出身のアメリカの男性作家、ハ・ジンです。
すみ そうやって紹介されると読みたくなっちゃう(笑) がっ、読むまでに半年以上かかってしまったねえ。
にえ うん、なんかね、ストーリーがつまんなそうなんだもん。気に 入らない古女房を捨てて、若い愛人と結婚するために18年待つ男の話。ちょっとね〜。
すみ で、読んでみたら、どうでしたか?
にえ 想像してたのと全然違ったってことはないの。政治的に揺れて いる中国が舞台で、悪く言えば優柔不断、よく言えばやさしくて内省的な男の人が主人公。ほぼ予想通り。
すみ 主人公の孔林と、古妻の淑玉、恋人の呉曼娜の三人が中心で、 あとの登場人物は多くないし、舞台は木基の病院と鵝村がほとんど。派手さはないよね。
にえ ゆるく流れる河のように物語が進んでいくの。孔林が淑玉と 結婚するあたりから、年老いたところまでが書かれてるから、ひとりの男の半生の物語とも言えるかな。
すみ 古女房と愛人に挟まれて悩んでいるとはいえ、情熱はない のよね。三人ともとっても誠実な人たちなんだけど、とりようによってはズルイ大人たちにも感じられる。
にえ 孔林は出世の不利も気になるし、たまに会う淑玉は尽くして くれるし、家庭のやすらぎを与えてくれるし、で躊躇いがあるのよね。
すみ 呉曼娜は売れ残りのオールドミスであることに焦りを感じだ すし、2度ほど他の男と見合いもしたりするし。
にえ 淑玉は心の底を見せないタイプだから、ただ従順な人とも とれるし、堪えるという策略で夫を絡め取っているようにも見えるしなあ。
すみ この三角関係って、宇野千代の『おはん』を連想しなかった? こういうダラダラ状態ってとってもアジア的だなと思ったけど。
にえ これをアメリカ人が理解して、評価するんだからスゴイよね。なんか意外。
すみ とにかく、ダラダラ状態とはいえ、それなりにいろんな事が 起こり、みんなそれなりに過酷な人生をしいられるの。
にえ なんでしょうね。孔林を嫌うこともできず、かといって女性 二人に感情移入することもなく、それなのに読みだすと先が知りたくて夢中になってた。
すみ うん。で、これでラストはどうなるんだろうと思ったけど、 最後の最後に作者の意図が見えてきたよね。
にえ ガツーンと来るってわけでもないけど、ドーンと重くのしか かってくるような濃厚なラストだったな。
すみ 私は思わず「そうか〜」と声に出して言ってしまった。 『待ち暮らし』って邦題に秘められた痛烈な皮肉が最後でやっとわかったような。長編だけど、ラストで 完成される短編なみのまとまり感があるよね。
にえ うん。この作家さん、ボストン大学留学中に天安門事件が起き て中国に帰れなくなり、やむなく英語で小説を書くことになったそうだけど、その文章がとにかく素晴らし くて、大絶賛されているらしいの。翻訳本で読む私にはその文章の素晴らしさはわからないけど、ストーリ ーの持って行き方だけで絶賛できる。
すみ そう、この設定で、ここまでわかりやすくて魅力的、しかも考 えさせられる物語が書ける作家さんって居そうで居ないよね。
にえ うまい褒め言葉が見つけられないけど、高レベルの素晴らしい 小説。この作家の本がまた翻訳出版されたら、ぜったい読むとだけは宣言しておこう。
すみ ふわ〜っと柔らかい雰囲気の中で、人生の過酷さが語り尽くさ れている小説だと思う。翻訳者がユン・チアンの『ワイルド・スワン』を訳した土屋京子さんだと言えば、 レベルの高さがわかってもらえるかも。