すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「罪なき血」 P.D.ジェイムズ (イギリス)  <早川書房 文庫本> 【Amazon】
8歳から養父母モーリスとヒルダに育てられたフィリッパは、ケンブリッジ大学への進学をひかえた 18歳の誕生日に、実の両親の名前を知るため、出生証明書交付の申請をした。ペニントン伯爵邸の女中 が産んだ私生児、それがフィリッパに残っている記憶だった。しかし、実父母はダクトン夫妻という、 まったくおぼえのない名前だった。ダクトンは12歳の少女ジュリーを強姦して獄中で死亡、その妻メアリ はジュリーを殺害した罪で服役中だという。実母メアリの出所を待ち、一緒に暮らす決意をするフィリッパ だが、ジュリーの父親もまた、メアリの出所を待ちかまえていた。
にえ これはスゴイ、とにかくスゴイ小説だった。
すみ P.D.ジェイムズの小説を読むときって、読むこっち側も またP.D.ジェイムズ独自の哲学を理解する大人であることを要求されているような気がして緊張する けど、この本は特にそうだったよね。
にえ とにかく、月並みな道徳観念だけで満足しているお子様な読者 の頬にバシバシとビンタをしながらストーリーを突き進めていくような恐い小説。
すみ いつも以上に会話部分も理詰めだったしね。最初っから最後ま で、まったくゆるみがなかった。
にえ 人間描写がまた一段と冴えわたってたよね。まず、フィリッパ。 養女とはいえ裕福な暮らしをしてきて、自分の知性にも自惚れている。こういう少女の鋭さと幼稚さ、その 両方をここまで如実に書き出していくって他の作家じゃなかなかできないと思う。
すみ フィリッパの現実にたいする甘えの部分とか、若さゆえの思い やりの至らなさとか、読む側がある程度大人じゃないと、嫌悪を感じてしまうんじゃないかな。
にえ どこか痛々しいんだよね。一歩さがって余裕を持って読まないと。
すみ 被害者ジュリーの父親ノーマンがまた印象深かったな。
にえ メアリを殺すために、淡々と準備してるんだけど、怒りや恨み などの激しい感情に突き動かされてるってわけじゃないのよね。
すみ おとなしくて、目立たない人なんだけど、心の奥には自分を醜 いと意識させられた悲しい生い立ちがあり、亡くなった妻や娘への自分の愛情を疑う部分があり。 とっても複雑な人。
にえ 娘を殺されて十年後、怒りだけを燃やしつづけて殺人をもくろ むより、はるかに確かな説得力で動機が語り尽くされてる。
すみ とにかくP.D.ジェイムズって人は、そういう「十年間、彼 は復讐だけを考えて生きてきた」なんてリアリティのない雑な心理描写を嫌う人なのよね。
にえ 十年のあいだには生活の波立ちから来る心情の揺れもあっただ ろうし、薄らいでいく気持ちを引き立てる必要性もあり、そもそも被害者の父親が妻や娘に命を投げ出せる ほどの愛情を感じていたと決めるけていいものか。そういう緻密な検証のあとがうかがえるよね。
すみ だから遅筆なんでしょ(笑)
にえ ストーリーはフィリッパ、ノーマン、それに時おり、フィリッ パの養父母の一人ずつをクローズアップさせた短い章の積み重ねで、月日が経過していくの。
すみ ぎこちなく共同生活をしだす母娘、二人のあとを追うノーマン。 静かな動きが続くかと思うと驚かしがあり、予期しなかった真実が暴露され、緊張の糸がとぎれることなく ラストに向かっていったよね。
にえ 罪とか愛とか、ともすると一言で片づけられてしまいそうな ものを、鋭い洞察力で再分析して、さあ、もう一回よく考えてみなさい、とつきつけられたような衝撃が あったな。とにかくスゴイ小説。
すみ サスペンスってくくりになっちゃうけど、むしろドストエフス キーとか、遠藤周作とかの、罪を扱った純文学作品を読んで感銘した人に読んでほしいな。私が特に意識し たのは、三浦綾子の『氷点』。日本とイギリスの女流作家が、偶然にも似た設定で書いた別ストーリー、 読み比べるとおもしろいと思う。
にえ この本のうしろにミステリー評論家の解説がついてるん だけど、あきらかに読書量が足りないことからくる勘違いと偏見に満ち満ちた、的はずれなすっとぼけ評論、 こういう人には読んでほしくないな。
すみ 女流作家のミステリーはユーモアがない、P.D.ジェイムズ もレンデルもおもしろくない、なんて悪口づくしの評論だったね。
にえ わかってて批評するのはいいんだけど、その作家の一部の 作品しか読まないで、この作家はこういう作風だろうと決めつけて、それを平気で文章にして本に載せちゃ う神経が許せない。本人は洒落た皮肉のつもりでシェークスピアに言及してたけど、同じ言葉をそっくり そのまま返したい。『マクベス』や『オセロ』だけ読んでシェークスピアを決めつけず、『お気に召す まま』や『じゃじゃ馬馴らし』を読んでから評論を書きなさい!
すみ うっ、レンデルがからむと熱いな〜、にえちゃんは(笑)
にえ そうやって物事を一面からしか見れない読者では、この本の良 さがわからないと思う。これは、それほどの小説だった。作者独自の哲学を賞賛するかどうかは分かれると 思うけど、一読の価値あり。