すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「南国に日は落ちて」 マヌエル・プイグ (アルゼンチン〜)  <集英社 単行本> 【Amazon】
リオデジャネイロのマンションの一室で、二人の老姉妹が話している。姉はニディア、83歳でアルゼ ンチンのブエノスアイレスからやってきた。48歳の娘を亡くしたばかりだ。妹ルシはこのマンションの 所有者、81歳だ。二人が話すのは隣のシルビアのこと。シルビアは四十代の独身女性でカウンセラー。 最近になって知り合ったやもめ男とつきあいはじめたらしい。
にえ 『蜘蛛女のキス』を読んでからずいぶん経ったけど、この本を 1ページ読んだだけで、そうだ、そうだ、この作家さんはこんな感じだったって思い出した。
すみ 会話のみで、ト書きも情景の描写もなし、なのよね。だからぜんぶ口語体。
にえ この本だと、会話だけじゃなくて、後半になって手紙になるけ どね。でも手紙はごく親しい人たちのあいだでかわされるから、やっぱりくだけた口語体なんだけど。
すみ プイグは映画監督をめざしてた人だから、こういう書き方のほ うが楽なのかな。ただ、会話だけですますには、それなりの設定が必要になってくるけど。
にえ そう、だから『蜘蛛女のキス』では、登場人物の二人が刑務所 に閉じこめられて、外であったことを話すしかないって設定。この本では、ニディアがせっかく寒いブエノ スアイレスからブラジルのリオデジャネイロに訪ねてきたのに、雨続きでなかなか出掛けられない。
すみ しかも二人は高齢だから、もともと行動的じゃないし、話に出て くる隣のシルビアは、ルシを慕ってるけど、ニディアを避けてるから、ニディアはシルビアの話すことや、その とき見せた表情などを、ルシから聞くしかないの。
にえ で、読んでるこっちとしては、最初はしょうもない噂話だな〜 と思いながら読む。中年女性が冴えない中年男とつきあいはじめたっていう、たいしてロマンティックじゃ ない話だからね。
すみ 相手の男がイヤな感じだもんね。禿頭で、出っ腹で、しょぼく れてて、しかも人と話すときに目を見て話すこともできなくて、いつもおどおどした感じの男。
にえ シルビアはカウンセリングで人の悩みを聞くことに慣れすぎた のか、もとからそういう性格なのか、なぜかそういうダメ人間にいつも惹かれちゃうらしいのよね。
すみ そんでもってシルビアは尽くしてやるのに、男は感謝するどこ ろか、踏みにじるようなことばかりするでしょ、しかもセコい手で。
にえ 最初のうちは、読んでてこれでおもしろくなっていくのかなって不安だった。
すみ それが読み進めていくと、ジワジワおもしろくなっていくから、やっぱり上手いよね。
にえ まずね、ルシは老女になっても夢見る少女みたいなところが あって、話がみんなロマンティックになっていく、かたやニディアは現実的で、しかも鋭い。二人合わせ ると、一つの出来事の裏と表を知れるようになってて、たいしたことないと思ってた出来事から、 だんだんと真実が見えてくる。
すみ 最初はニディアってちょっとイヤな人って思えたけど、だん だんと健康を取り戻して元気になってくると、行動的になって、すんごいかっこいいオバアチャンになっていくの。
にえ 知り合いも増えていって、人生模様もいろいろ見えてくる。 とくにハンサムな青年警備員ロナルドは、いろんな過去もあったりして複雑。
すみ ロナルドに関しては、鋭いはずのニディアの採点も大甘になっちゃうのよ。
にえ 最初見たときから、可愛い男の子だな〜と思ってたから、困っ てるところを見ると、助けずにはいられないのね。
すみ それって結局、やってることはシルビアと同じ。鋭い観察力が ありながら、困ってる人、悩んでる人に惹かれちゃう。
にえ 歳の離れた似たものどうしの二人、この関係もおもしろかった よね。互いに相手のやってることは冷静に判断して批判もできるのに、自分のこととなると見えなくなる。
すみ 『蜘蛛女のキス』と違って、こちらは口数の多いおばあちゃん の会話だから色調がずっと明るいよね。で、だんだん物語がおもしろくなっていって、登場人物のことも好 きになってきて、楽しく読んでいって、読み終わるとズシッと来るものがあるよね。
にえ うん、なんかねえ、老いるとか、大事な人の死によって取り残 されるとか、他人との接しながら暮らしていくとか、そういう生きる過酷さってだれにでものしかかってく るものなんだなとつくづく思ったよ。
すみ でもさ、最後のほうでちょっと悲しい話になっていくんだけ ど、最後の1ページにニンマリさせられる記述があって、これで救われたな。
にえ 「そうでなくっちゃ!」って拍手したくなるラストだったね。 このやさしさが良いね、マヌエル・プイグは。