=「すみ」です。 =「にえ」です。 | |
「ムーン・パレス」 ポール・オースター (アメリカ)
<新潮社 文庫本> 【Amazon】
フォッグには生まれたときから父はなく、母はバスに轢かれて亡くなった。クラリネット吹きの ビクター伯父に育てられたフォッグは、コロンビア大学生となり、1965年、ニューヨークで一人暮らし をはじめた。変わり者のインテリ学生として順調に生活を送っていたはずのフォッグだったが、ビクター 伯父の死で受けた衝撃に生活は乱れ、セントラルパークで死にかけていたところを友人のジンマーと、一度 だけ会ったことのある中国人少女キティ・ウーに助けられた。健康を取り戻したフォッグは自立のため、 謎めいた老人トマス・エフィングのもとで働きはじめる。 | |
私たちにとっては、2冊目のオースターです。 | |
最初に読んだ『最後の物たちの国で』は、架空の世界が舞台だ ったけど、こっちは現実の世界だったよね。 | |
そのぶんかえって、独特の寓話っぽさがくっきりと感じられたみたい。 | |
うん、おもしろいのはね、作中作で『ケプラーの血』って 小説が出てくるんだけど、それを読んだ主人公が、うまい偶然が起こりすぎるって批評するの。 で、『ムーン・パレス』はというと、それを上回るような、これみよがしの偶然が起きるのに、説明も言い訳もされてない。 | |
あれはもう、作者の「ニヤリ」を感じたよね(笑) | |
さあ、どうぞ、どうぞ、リアリティーを追求しない小説の世界を ご堪能くださいって言われているようでもあった。 | |
でも、リアルな肌触りがあるんだよね。リアリティーのなさと リアルな肌触り、その絡まり合いが魅力的な雰囲気をかもしだしてた。 | |
その人類が月に到着したとか、徴兵があったとか、そういう 時代に即したエピソードもたくみに挿入されてたしね。 | |
最初は、フォッグとビクター伯父の、甘く切なく、でもどこか ぎこちのない生活。上質の児童文学を読んでるようなノスタルジックさ。 | |
で、一転して、青年になったフォッグがビクター伯父を失い、 自分を見失ってはじめる都会の漂流者のような生活。 | |
これはベトナム戦争の頃のアメリカの学生の、苦悶する青春自叙伝って雰囲気だったよね。 | |
でも、変にシニカルじゃなくて、フォッグの感情の流れが内省 的に、自嘲的に説明されてるから、自然に共感できた。 | |
で、またまた急展開して、今度は謎の老人エフィングが登場。 | |
嘘か誠かわからないような過去の冒険話がはじまるのよね。 | |
これは冒険奇譚だよね。20世紀初頭の、アメリカのまだ まだ未開だった土地での冒険奇譚。 | |
そこには、図書館に行ったり、美術館に行ったりして真偽をた しかめるフォッグの検証が加えられてて、やっぱり寓話とリアルのせめぎあいがあったよね。 | |
そうそう、ジイサンは自分のものすごい過去を語りだすんだ けど、いくらなんでもそりゃ作り話だろ〜とつっこみたくなるところに、フォッグの検証。本当なの、でも やっぱり……と、フォッグと一緒にこっちも翻弄されちゃう。 | |
それにしても、エフィングは変なジイサンだったよね、存在が光ってた。 | |
金持ちで、辛辣な口を利いて、どこまででも意地悪くなれる けど、唐突にやさしくなって、他人に同情して涙を見せたりするの。とにかく翻弄させられちゃう。 | |
その翻弄させるのも、ジイサンの狙いなのよね。 とにかくそういうことを好む人のようで、見ためもコロコロ変えるの。ある日は両目 にアイパッチをしてるかと思うと、ある日はサングラス、次の日は眼鏡になって、なにもつけてない日もあ って、と大袈裟な狙いまくり。これには笑っていいんだか、怖がるべきなのか(笑) | |
そうやって、ストーリーが何度も急展開して、しかもそれが 意外な展開で、おもしろく読んでいると、最後にはひとつのつながりが見えてくる。 | |
ああ、これはフォッグの自分さがしの旅だったのね、と納得。 ラストまでの無理なくせつない雰囲気もよかったし、ストーリーもメリハリがあって良かった。 | |
単行本も文庫本も、装丁のきどり具合の方向性が、内容とちょっ と雰囲気がずれてるような気はしたけど、中身は文句なしに良かったです。 | |