本当の自分を隠して。

 そうやって、ずっと生きてきた。

 誰にも私の気持ちなんか分かりはしない。

 

 

DEATH GAME 外伝〜心の鏡〜

 

 

 春。新学期。出会いの季節。

 けれど、1学年に1クラスしかないこの上那賀中学校においては、新しい出会いなど、ほぼ存在しないと言って良い。3学年に上がっても、変わらない顔ぶれ。相変わらずの面々に、半ば溜息をつきたい気持ちを抑えて、

「今年も1年よろしくね」

なんて笑って見せる。

「沙織と真澄が一緒で良かった」

 本当に嬉しそうに笑いながら、山本祥子(女子9番)は席に着いた。

 とりあえずは出席番号順に座らなければいけないという事で、渡辺沙織(女子10番)の前、檜山真澄(女子8番)の後ろに座る。この2人とは、もうずいぶん前からの付き合いのような気がしていた。

 20人が同じクラスだと言っても、20人全員仲が良いわけではない。中には、特定の人以外とはめったに口もきかない連中もいる。その中の一人が、祥子であり、沙織であり――真澄はそうでもなかった――周りとの関わりを断っているのではないかと思われる、橘川あやの(女子1番)や、内藤さやか(女子6番)だった。

 3人グループというのは、何かと都合が悪い事もあったが、祥子は特に気にしなかった。今までも、この3人でやってきたのだから。

 

 

 担任である本藤とも、これで3年目の付き合いになる。黒板には「出席番号順に座るように」と書いてあったが、出席を取るなり、席替えをする事になった。

 ――みんなと仲良く。

 それが、この担任の望みであったから。

 全く、わずらわしい事に。

 結局、沙織と真澄は近くの席になったけれど、祥子は一人だけ離れてしまった。別にそれは構わなかったが、やはりここはちょっと寂しそうな顔をして、無理矢理笑顔を作っておく。

 私も近くが良かったのに。でも、大丈夫だから気にしないで。

 そんな顔だ。

 そして、少し涙ぐんで見せれば、完璧。

 これが、人間関係を適当に上手くやっていくコツでもある。

 祥子は、そういう風に生きてきた。

 

 

 その席のまま、数日が過ぎた頃だった。美術の時間に、本藤がとてもわずらわしい事を言い出したのは――

「今日は、2人一組になって、お互いの絵を描いて貰おうと思う」

 この、「2人一組」というやつは、なかなか厄介な言葉で、祥子達3人グループにとっては、仲違いの原因になる事もあった。

 クラスはちょうど偶数だし、女子と男子も偶数ずつ。おまけに、本日の欠席は女子が2人ほど。それなら平気だろうとでも思ったのかもしれない。もしくは、例え人数が合わなくても、2人一組にさせる気だったのかもしれない、本藤は。

 せめて女子の欠席が1人なら、3人で組む事も出来たのに、と思いながら、祥子は真澄と沙織の方を見た。席が近い二人は仲良く談笑していて、その様子を見る限り、2人が組になるだろうという事は容易に想像できた。

 祥子自身は1人でも構わなかったのだが、そこは持ち前の演技力で寂しそうな顔を作っておく。少しうつむき、一粒涙を落として。それぞれがペアを作るために席を立っても、自分の席に座っていた。

 人数はちょうどしかいないのだから、誰か1人が余って、自分と組む事になる。祥子はそれを待つことにした。自分から誰かに話し掛けるなんて、面倒臭い。

「まだ組んでない奴はいるか?」

 本藤の言葉で、祥子は微かに手を上げた。その際も、うつむき加減で困ったような顔をするのは忘れない。

「山本と……内藤か。じゃあ、その2人で組んで、始めてくれ」

 内藤さやか(女子6番)。

 真面目でおとなしい祥子とは、きっと気が合わないだろうと思われる女。実際、2人が話している所なんて誰も見た事がないし、それは本藤にも分かっているはず。それでも、組めと言うのだ。

 “皆と仲良く”なんて、幻想でしかないのにね……

 それでも祥子はハイ、と小さく返事をして、さやかを見た。さやかといつも一緒にいる橘川あやの(女子1番)は、今日は欠席らしく、だから自分と組む事になったのだろう。これなら、戸津川麻里(女子5番)と組んだ方がいくらかマシだったかな、と思いつつ、彼女が休みだという事を思い出した。

「内藤さん……あの、よ、よろしく……」

 さやかはふっと顔を上げて、とりあえずよろしくと同じように返した。

 

 

 

 さやか自身は、祥子と話した事はあまりなかった。もともと気が合わないだろうと勝手に決めつけていたし、何より、話す必要がなかった。それは、誰に対しても同じであるかもしれないけれど。

 それでも、あやのとだけは仲が良かった。何故か、妙に気が合った。何故かなんて、考える事もしなかったし、別にどうだって良かったけれど。

 そのあやのが。他人になんて、ほとんど干渉しないはずの彼女が。唯一このクラスで嫌いだと言っていたのが山本祥子だった。

 さやかはそれを思い出して、もう一度、祥子の顔を見る。どこか怯えたような顔。おどおどしている、泣き虫のこの少女――そりゃあ、好きにはなれないかもしれないけれど、あやのに嫌いとまで言わせる要素がどこにあるのか、さやかには分からなかった。まぁ、もともと大して興味もないからかもしれないが。

 

 

 

 ただ黙って、鉛筆を走らせる。適当に描いて、適当に終わらせれば済む授業。

 祥子とさやかの間に会話は無く、ただ気まずい沈黙のまま、紙を滑る鉛筆の音だけが聞こえた。

 いつも、特に注意して見る事の無かった顔。

 パーマの髪は描き難いと思いながら、祥子はさやかの顔を見る。

 やる気のなさそうな目と、軽くリップを付けた唇に、バカっぽそうな顔。特に興味は持てなかったし、どうだって良かったけれど、とりあえずは真剣な顔をして、さやかの絵を描いていく。

 考えるのはただ、授業終了の知らせの鐘が鳴るのはまだかという事だけだった。

 

 

 

 鐘が鳴る。

 祥子は、この時間が終わった事に安堵の息を洩らして、鉛筆とスケッチブックを置いた。上手くも無く、下手でも無く。それなりに、一生懸命描きました、という風には見えるはずの絵を。

「それじゃあ、最後に、お互いにそれを見せ合ってくれ」

 本藤の鬱陶しい言葉に、祥子は眉をひそめた。

 そんな事をして、どうなるって言うのか。彼の考える事が、理解出来なかったから。

 けれど。

「内藤さん……あの、これ……」

 おずおずと、スケッチブックをさやかに差し出す。担任の言う事は、とりあえずきいておかなければならなかった。真面目な生徒、山本祥子としては。

 さやかは黙ってそれを受け取り、ぱらぱらとページをめくった。

 自分に見えなくもない、バカっぽそうな顔をした、女の絵。

 祥子の目には、こう映っているのかと、少し思った。

 品行方正なあんたにしてみれば、アタシはこういう風に見えるんだろうね。

 さやかは黙って、自分のスケッチブックを祥子に渡した。

 それならアタシからは、こう見えるんだよ。あんたは。

 祥子は「えっと……」などと言いながら、さやかのスケッチブックをめくる。

 そこに、自分らしき女の絵を見つけて、祥子は思わず口の端を歪めた。

 少しの沈黙の後、さやかに向かって口を開く。

「ありがとう、内藤さん……」

「別にぃ」

 閉じる前に、もう一度だけ、その絵を見て。

 無表情なその絵の女に、祥子は微笑んだ。

 

 

 

 

 

 バカの割にはよく見てるのね。

 

 

 

 

 

END.



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