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9 「桜井さん、本部との連絡取れました」 兵士の一人、鈴木は、ソファーに座っている桜井に声をかけた。目を瞑っているため、寝ているかとも思われたが、桜井はすぐに目を開ける。彼女は、先程――と言っても、もうかなりの時間が経っているけれど――冷静な口調で死亡報告の放送をした、その目のまま、鈴木を見た。 「怪我人はどのくらい?」 早川晃との銃撃戦により、腕や足を負傷した兵士は多いはずだった。この学校にも保健室はあるが、決して完璧な医療設備とは言えない。応急処置では済まない怪我を負った兵士達は、本部へ送り返そうというのが桜井の判断だった。 「6人ほどになります」 すぐに返って来た鈴木の言葉に、桜井は再び目を閉じる。 「ヘリは一機で充分ね。2号機を使って仕度をして。運転は中原に」 ほとんど怪我を負っていない兵士の一人をパイロットに指定して、桜井はソファーから立ち上がった。この教室はコンセントが床に埋め込まれている。
“プログラム”の進行や、首輪などの制御をしているせいで、パソコンから伸びるたくさんのコードが、足元に散乱していた。桜井は器用にそれを避けながら歩き、目の前に並ぶパソコンのうち一台のディスプレイを見つめた。 「鈴木」 「ハイっ」 怪我人搬送の手伝いをしようとしていた鈴木は、突然桜井に呼び止められ、立ち止まった。桜井はディスプレイを見つめたまま、鈴木の方は見ようともせずに用件のみを伝える。 「搬送ヘリは1号機に変更。それと、島田を呼んで」 「島田さんは今、怪我人の救護にあたっていますが……」 「分かっているわ」 そんな事は関係ないと言わんばかりの言い方に、鈴木は慌てて頭を下げた。 「すぐに呼んで来ますっ」 コードに引っかかりそうになりながらも、焦って走って行く鈴木の足音が聞こえて、桜井は呟く。 「偶然は利用しなくてはね」 石塚弘之(男子2番)は、小さい体を更に小さくして震えていた。“プログラム”に選ばれてしまった事を、未だに信じられないのかもしれない。可能性がある事は分かっていた。この時代、この国に生まれてしまった自分が、“プログラム”に選ばれる可能性。けれど、それはとても小さな確率であったはずだ。弘之は、自分の不幸を嘆かずにはいられなかった。 上那賀中学校3年クラス。はっきり言って弘之はこのクラスが――学校が好きではなかった。学校に来れば、加藤清(男子4番)や、吉田大介(男子10番)にからかわれ、苛められ。抵抗する事すら出来ない自分は、ただ耐えるしかなかった。何度も泣いたし、何度も吐いた。ストレスから来る胃腸炎に悩まされる事はしょっちゅうだった。けれど、彼らはむやみに暴力を振るうわけではなかった。暴力を受けていれば、それを理由に学校を休む事だって出来たかもしれないのに。 それでも弘之は戸津川麻里(女子5番)よりはマシかもしれなかった。自分もクラスになじんでいるとは言えなかったが、麻里はクラスの誰とも距離を置いているように見えたから。たまに大川聡史(男子3番)が麻里の事を気にかけているようだったが、彼女はそれすらも拒否しているようで。その点、弘之には赤坂浩太(男子1番)がいた。彼は何かと自分に構ってくれ、“親友”とは言えないけれど、浩太と一緒にいれば、それなりに楽しい時だってあった。 好きではなかった学校。だけど、今はただ、あの頃に戻りたかった。苛められたって良い。こんな事になるくらいなら。 そう。こんな状況になるとは思わなかった―― 弘之は自分の支給武器であるメリケンサックを握りしめる。非力な自分にはこんな武器は役に立たない事を知っていながら、何かにすがりたかったのかもしれない。 こっそり忍び込んだこの場所に。ただひっそりと中にあった毛布に包まっていただけなのに。 目の前に存在するのは、逃れようのない事実。 どうして自分が隠れたヘリの中に兵士が次々と……!? 鈴木に呼ばれた島田は、すぐに桜井のもとへ向かった。 いくら怪我人の救護をしていようと、上官の命令は絶対である。 桜井の待つパソコン教室に入った島田に、彼女は背を向けたままだった。島田は小さく、あの、と声をかける。自分が何故呼ばれたのか、全く検討がつかなかった。 島田に声をかけられても、桜井は振り返らず、じっと窓の外を見ている。 「島田、確か貴方には禁止範囲の設定を頼んだはずだけど?」 桜井の言葉に、島田は眉をひそめた。確かにその命令は受けた記憶があり、自分は―― 「あっ……!!」 島田は慌ててパソコンのディスプレイに目を走らせる。禁止範囲であるはずの校庭に、赤い点がある事を発見して、体が凍った。この赤い点は、間違いなく…… 「すっ、すいませんっ……!!」 全員が出発してから20分後に、校庭もろともここを禁止範囲に設定する、それが島田に与えられた命令だった。けれど、早川晃の急襲や、それに伴う兵士の怪我。する事がたくさんありすぎて、頭から抜けていたらしい。そんな事は、何の理由にもならない事が分かっていたから、無駄な言い訳はやめて、島田は謝る。 「今すぐに……っ」 慌ててキーボードに手を伸ばす島田を横目で見て、桜井は再び窓の外に目をやった。 「もう遅いわ。飛び立ってしまったもの」 そこには、土埃を巻き上げて、空に浮かぶ1号機の姿があった。 弘之は思わず声をあげそうになる。自分の隠れていたヘリに兵士が乗り込んできて、その上機体が揺れ出したのだ。けれど、声をあげてしまえば――見つかってしまえば、射殺される事は目に見えていた。奥の隅の方で、ボロ布のような毛布に包まり、その隙間から見える光景。腕に傷を負った兵士が、アサルトライフルを抱き締め、何事かぶつぶつと呟いている。彼に自分の存在が気付かれた瞬間に、弘之の一生は終わりを告げるだろう。 けれど、逆に見つからなければ――? このままヘリに乗って、ここから逃げ出す事も可能なのではないか。“プログラム”から逃げる事が出来るのではないか。 そんな淡い期待を抱いているのも事実だった。 徐々に、学校から離れていく機体。揺れに身を任せ、震える体を抱き締めて。 死ななくても済むかもしれない―― そう考えた瞬間、弘之の首元から、音がした。 体の中を走り抜けるような震動と、鈍い音。 弘之には、それが何の音であるかは分からなかったし、また、考える暇もなかっただろう。ただ、突然したその音は、兵士達の耳には届き。血飛沫と、突然飛んできた弘之の首にパニックを起こした兵士――橋本が、抱き締めたアサルトライフルを乱発して。 “プログラム”、南の範囲を越えた所で、ヘリは爆発、四散した。 「さ、桜井さん……じ、自分は……」 島田は怯えた声を出す。 そう遠くない所で、ヘリが爆発したのを見てしまって。それが、自分のせいである事も分かっていて。どう責任をとったら良いかも分からない。これは、明らかに自分のミスで、だから―― 桜井は島田の方を見向きもせず、デリンジャーの銃口を、彼に向けた。 「!!」 ぱん。と、軽い音がして。 島田の体が、その場に倒れる。 ずいぶん兵士は減ってしまったし、進行に支障が起きるかもしれない。それでも、何とかなるだろうと桜井は思った。 「この国に、役立たずは要らないわ」 【残り17人】 |