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8 出発後すぐに、橘川あやの(女子1番)は、吉田大介の死体を見つけた。昇降口を出た所で、うつ伏せに倒れていたのだ。血を吐いていたようだったけれど、詳しい事は分からなかった。 当然でしょう?人の死体をまじまじと見て死因を究明したいと思うほど、私の頭はイカれていなかったのよ。 けれど、きちんと死因を調べておけば良かったのかもしれないと、今は思っていた。同じ手段で殺される可能性もあるのだから。死因が分かれば、それに対する防御策も閃いたかもしれないのに。とにかく、自分より前に出て行った人間は信用出来ない事が分かっただけでもよしとする。もっとも、最初から信用出来る人間なんていないのかもしれないけれど。 とにかく、死ぬわけにはいかなかった。だって、まだ何も伝えていないから。自分のたくさんの気持ち、想いを。たったひとつの言葉を。あやのの大切な、あの人に。決して自分を見てくれない、実の姉の恋人に―― あやのより7歳年上の姉、かすみは、何をやらせても完璧だった。生まれてから今まで、かすみの笑顔が曇った所など見た事がないし、挫折を感じる事だって、なかったのではないかと思う。勉強も、スポーツも、遊びも。たいていの事はなんだってこなしたし、なんだってやった。そして、恋人も。誰もが羨むくらい仲の良い、かすみの彼は、とても素敵な人だった。 そう、とてもね。 彼はかすみと同い年のせいか、とても大人びて見えたし、優しくて、頭も良くて。わざとらしい優しさじゃない。他人に気を遣わせないような優しさを知っている人。 けれど彼は、私を妹としてしか見てくれなかった…… 当然かもしれない。そう、まさに完璧な恋人がいる上に、恋人の妹なんて。どうやったって妹にしか見れないでしょう。しかも中学3年生。来春には社会人になってしまう彼にとっては、ガキでしかない事くらいは分かってる。だから早く大人になりたかった。大人になれば、彼は私を見てくれるかもしれない。妹ではなく、ただ一人の女として、私を見てくれるかもしれない。 それは可能性にすぎなかったけれど、あやのの中でそれだけが希望だった。 例えばこの“プログラム”で、私がいなくなったとしたって、彼らの仲は変わらない。私のいない世界で、彼と姉さんは仲良く過ごすのでしょう?私の事も忘れて。そんなのは、絶対に嫌――!! だってまだ、伝えてもいない…… あやのは学校を出て、そのまま学校のある山にしばらく潜んでいた。竹林のようなそこは、身を隠すには絶好の場所ではあったけれど、誰かが潜んでいる可能性も、もちろんあった。早くどこかに逃げた方が良いのかもしれなかったが、とりあえず他の連中の動向を知っておきたかったのだ。 昇降口を出て、一番近い門は正門ではない。グラウンドに続く、小さな門。それは門とも言えないような入り口だったけれど、利用している人は結構いたし、人目に付かない事もあって、誰か一人くらいはここを通るだろうと予想出来た。だからあやのは、その門から続く道が見えるような場所に潜んでいたのだ。 通るかどうかも分からない人間を待ち続けるのは、思ったより大変な事だった。たった数分が何時間にも感じられたし、ただでさえ田舎の夏は暑い―― これだから田舎は嫌いよ。 日陰にいると言っても、湿度は高いし、虫は多いし、最悪だった。耳元で飛び続ける蚊の群れを、何度叩いてやろうと思ったか。このまま誰も通らないんじゃないかと思っていたら、やっと人影が見えた。――曽我千鶴(女子4番)だ。 そう、彼女を一言で言えば、印象の薄い子。確か、仲の良かった友達は小林橙子(女子2番)だった気がするけど、よく覚えてないな……特に目立つ顔でもないし。小林橙子の方は、やたらと目立ったから、印象には残ってるけど。彼女は、ストレートな性格みたいだったから。寺元仁(男子7番)の事が好きらしくて、周りも見ずにアプローチしていた気がする。もっとも、寺元の方はそれに気付いていなかったようだけど。私にしてみれば、何が良いのか分からないけどね……あんなバカっぽい男。まあ、赤坂浩太(男子1番)なんかよりは、はるかにマシでしょうけど?そういえば、小林橙子は一緒じゃないのね。待っていなかったというわけ?まあ、どうでも良いけど。 千鶴は、何かに怯えたようにきょろきょろしていた。いきなりこんな“プログラム”に参加させられたのだから、怯えるのも無理は無い。その為、あやのは神経を張り詰めて見つからないように息を潜めなければならなかった。千鶴が“やる気”じゃないとは限らない。ひょっとして凄い武器を持っていて、自分を殺そうとするかもしれない。見たところ、手には何も持っていないようだけれど。ちなみにあやのの武器は小型ナイフだった。 こんな物がなんの役に立つって言うの。使いようかもしれないけど、接近戦に持ち込む前に殺られるに決まってる。 自分が非力である事は自覚している。あやのは静かに千鶴を見送った。とりあえず、今動く気はなかった。 しばらくそのまま様子を見て、もう誰も通らないかと動き出そうとした時。 ガサッ 背後でした草を掻き分けるような音に、あやのは驚いて振り返る。 赤坂浩太(男子1番)が見えた。幸い、あやのの存在には気付いていないらしく、これから山を降りる所のようだった。あやのより前に出たはずの彼が、何故こんな所にいるのかは分からない。けれど、彼の手にはボウガンが握られていて、今にも発射されそうな気配がした。 こいつ、“やる気”だ―― あやのは息を呑んだ。普段から、どこか抜けているようなこの男が“やる気”になっている。 いつもは寝てばっかりで、バカな事しか出来ないくせに! 見つかればすぐに殺されるだろうし、逃げ切る自信も無い。ただひたすらに願う。 さっさといなくなれ。 嫌な汗が流れた。 蚊を振り払う事も出来ない。ただじっと、動かずに待つ。 浩太の姿が見えなくなった次の瞬間。 『――12時よ』 放送は流れた。 ああ本当に、バカな男。あんたが何を思ってあんな事を言ったのか、どうしてその結果真っ先に死んでいるのか、私には分からないし、興味も無いけど。 あやのは、死亡報告で名前を呼ばれた男の事を考えていた。何かと自分に絡んできた、バカな男の事を。 「橘川、お前なんで普段、皆の輪に入んねぇの?」 体育祭や文化祭――とても規模は小さいものではあったけれど――でも、決してクラスメイトと一緒に騒ごうとしないあやのに向かって、思い出したようにかけられた言葉。 「何で入らなきゃいけないの?」 何故そんな事を言われなければならないのか分からなかった。 そんな事、あんたに関係ないでしょう。 「お前、内藤とは仲良いくせに」 クラスメイトの中で、唯一まともに会話をする事がある人物の名前を出されて、あやのは一瞬首を傾げた。 「気が合うからよ」 「他の奴等は?」 「気が合わないから一緒にいないの」 あやのは当然のように答える。それはあやのにとって普通の事だった。けれど。 「……橘川って、時々凄いよな」 「は?」 自分でも間抜けな声を出してしまったと思い、あやのは少しだけ慌てて、だけれどそれを顔には出さないように、彼に向かって言った。 「人の事を考える余裕なんてあるわけ?」 それを聞いて、彼は笑った。確かにそうだと、そう言って。 バカな男ね、早川晃。あんたに人の事を考える余裕なんてあった?私が内藤さやか(女子6番)と仲が良い事なんて、あんたには関係のない事――そうだ。さやかと出会えたら、何か変わるかもしれない。 あやのはそこまで考えて、首を振った。 バカみたい。会ってどうしようって言うの?所詮、生き残れるのは一人だけじゃない。協力してもいつかは裏切り、裏切られる。それとも、2人で脱出する?――どうやって? 考えても仕方がなかった。とにかく、さやかに出会ってから考える。 それまでは、生き残る努力をするだけだ。 【残り18人】 |