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7 自分の呼吸が、まるで他人のもののように聞こえた。頭は真っ白で、何も考えられなかったけれど、出発した時よりは、いくらか落ち着いている。それはきっと、彼を見たから。出発寸前の教室で、彼と目が合ったから。たったそれだけの事かもしれないが、だから自分は、ちゃんとここにいる事を認められている。逃げたい気持ちはもちろんあるけれど、これが現実なのだと、受け入れようとしている。 原田梢(女子7番)は、上那賀中学校の山のふもとにある町役場の陰に身を潜めていた。決して安全な場所とは言えなかったし、誰にも見つからない自信があるわけでもなかったが、歩き回るのは危険な気がしたので。早くどこかに身を隠してしまいたかったし、何よりまず落ち着きたかった。 まだ、ここに来てそんなに時間は経っていないはずなのに、もう何時間もここでじっとしているような気分になる。あれから、どのくらいの時間が経って、今が何時なのか、全く見当がつかなかった。 『――12時よ』 突然した声に、梢はビクッと体を震わせた。自分の考えている事を読まれたかと思ったが、そんな事はないと思い直し、深呼吸する。声は、町の拡声器を使っているようで、妙に響いて聞こえた。 ああ、そう。町内放送があると、色々な所から、まるで時間差があるようにエコーして聞こえたっけ…… ついこの間の事が、まるで遠い昔の事のように思えた。梢は小さく首を振って、放送の声に耳を傾ける。この声は忘れない。梢の目の前で担任の本藤を撃ち殺した、桜井亜沙子のものだ。そういえば、3時間毎に放送を行うだとか何とか言っていた気がする。 『これから死亡報告を行うから、よく聞くように』 死亡報告という単語に、梢は目を見開いた。もう誰か死んでしまったのだろうか?まだ、自分が出発してから1時間ほどしか経っていないのに?梢は桜井の次の言葉を待った。一瞬が、とても長く感じられる時間。自分が過ごしてきたクラスの、誰かが。もうこの世にいない事を告げる声を待つなんて。耳を塞ぎたい気持ちに駆られながら、それでも、聞かなければならない。 梢は、息を呑んだ。 『男子8番、早川晃くん』 桜井の声が、冷静にその名前を告げる。 頭が、金槌か何かで殴られたようだった。 何?何なの?今、この人はなんて言ったの? 『男子10番、吉田大介くん。以上2名よ。頑張ってね』 ブチッと放送は途切れ、梢の中には混乱だけが残った。 晃くんが、死んだ――? 早川晃は、梢の友達だった。いや、梢にとってはクラスメイト全員が友達だと言っても過言ではなかったが、その中でも仲の良い方だった。幼なじみの保坂直人(男子9番)とも仲の良かった晃は、いつだって冷静で、真っ直ぐで―― 自分の後にすぐ出発したはずの彼が、一体どこで、どうして、そうなってしまったのか。何かの間違いだと思った。自分の聞き違いか、あるいは桜井亜沙子の嘘。それを確認する術はどこにも無い。“プログラム”が、殺し合いを指す事は知っている。自分達がそれに選ばれてしまった事も分かっている。 けれど。 だけど。 友達が死んでしまうかもしれないという事を、私はちゃんと分かっていた――? 友達だけではない。自分だって、いつ死ぬか分からないのだ。しかも、友達の手にかかって……?晃や大介は、誰に殺されたのだろうか。梢の中に疑問が湧いた。吉田大介は、確かにいじめっ子ではあったけれど、根が優しい人である事を、梢は知っている。学校の花壇が野良犬に荒らされた時、その犬を保健所に連れて行く事に決まったのを止めたのは、大介だった。自分が飼うとそう言って、周りの反対も押し切って連れ帰った。次の日に、大介の顔が殴られたように腫れていた事も、梢は覚えている。何でもないと、そう言ってうるさそうに自分を追い払った大介。恐らくは親に怒られたのだろう。捨てて来いとでも言われたのかもしれない。けれど梢はその犬が大介の家で元気に育っている事を知っている。大介が散歩に連れて行っていた事も、知っているのだ。 その彼が、人を殺すはずが無い。本当は心優しい彼が。晃も同じ事だし、そう考えれば、上那賀中学校3年クラスに人を平気で殺せるような人間は一人としていないはずだ、と梢は思った。 けれど実際、晃と大介は死んでいるという。自殺するような人間でない事も、梢はよく知っているから、誰かが彼等を殺したという事―― 考えたくもない、そんな事……でも…… 始まっている。クラスメイト同士で殺しあう“プログラム”は。すでに、始まっているのだ…… 梢はこみ上げてくる涙を抑えながら、その場を後にした。とにかく周りを疑っている場合ではない。何とかして誰かに会いたかった。一人では、どうにかなってしまいそうで。 それにきっと、今の放送を聞いた遥は悲しんでる…… 梢の親友である瀬田遥(女子3番)は、恐らく晃の事が好きだったはずだ。梢と遥は、親友とは言え、そういう話はした事が無かったが、梢にはなんとなく分かってしまった。きっと遥は晃の事が好きで、だから――だからきっと悲しんでいる。 ああ、こんな時に側にいる事が出来ないなんて。 だから梢は思ったのだ。まずは遥を探そう、と。 探す手段など無い事は、分かっていた。 【残り18人】 |