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6 早川晃(男子8番)は、乱れる息を押さえつけて、それを握った。イングラムM10サブマシンガン。ご丁寧に説明書までついていたそれの名前など、晃にとってはどうでも良かった。ただ、それが役に立つ物だという事だけ。それだけ分かれば良い。呼吸を整えながら、晃は腕時計に目を落とした。時間は11時38分。最後に出発するはずの寺元仁(男子7番)の出発時間を、少しだけ過ぎている。――これなら大丈夫。行動を起こしても問題のない時間だ。出来る限りの事はした。例え自分の作戦が失敗したとしても、誰かに託せる用意もした。大丈夫、と晃は自分に言い聞かせて、顔を上げる。あと、18分。 妙に静かなそこは、走って行く晃の足音を反響させる。音を消す必要は無かった。そんな事は無駄なのだ。この首輪のせいで、奴等に居場所はばれているのだから。だから、迅速に事を進めなければならない。神奈川県立上那賀中学校で、唯一コンピュータという物の存在が許された教室へ、早く―― 「そう、あれは作戦ね」 声は、晃の向かう場所の少し手前からした。これは、予想出来た事態。冷静に……そう、冷静に行動しなければならない。晃は足を止め、深く息を吸った。乱れる息も、流れる汗も、激しく鼓動する心臓も。この暑い中走り回ったせいだけでは無い事は、晃自信が一番良く分かっている。吸った息を大きく吐いて、モデルガンすら握った事の無いこの腕で、イングラムを構える晃。 「貴方が宣言したあの言葉は。全員を学校から遠ざけるための作戦だった。そうでしょう?早川晃くん?」 桜井亜沙子は、手に持ったデリンジャーを真っ直ぐ晃の眉間に向けていた。晃の思っていた事を、全て見抜いていたのだとでも言いたげに、彼女は口元に笑みを浮かべる。 「知ってて止めなかったのは、あんただろう」 会話をしている暇はないはずだった。ここが……この中学校が禁止範囲となる前に、晃は全てを終わらせなければならない。だが、戸惑っているのも事実だった。自分に、誰かを平気で殺す事など出来るはずがないと――それが例え、目の前で担任を撃ち殺した女だとしても。それをしなければ、自分の命が危ないのだと、知っていても。 「貴方のあの言葉で、“やる気”になった人間がいる事も確かだもの。貴方が良かれとして思った行動が、結果的に“プログラム”の進行を助ける――それなら、止める必要なんて無いでしょう」 晃をすぐに撃ち抜く事など簡単なはずの桜井の指は、デリンジャーの引き金にかかったまま、動こうとしなかった。晃の行動が全て無駄だったのだと、思い知らせる事が目的なのかもしれない。絶望を感じさせ、生きる気力すら無くして?それから撃ち殺そうというのだろうか。 「誰も貴方を信じなかった。誰もが貴方の存在を恐れて身を隠し、自分が殺されないために人を殺すのよ」 そう、親友の仁でさえ、晃の言葉を疑おうとはしなかった。視界の端に映った彼の、ショックを受けた顔が忘れられない。けれど晃は、それが嬉しかった。仁を上手く騙せた事。言葉にしなくても気持ちが通じてしまう親友。彼をここから遠ざける事が出来たなら―― 「それでみんながここから離れたなら、俺のした事は間違いじゃない。そして、全員を助ける。首輪を制御しているはずの、パソコンを壊して――」 「残念だけど」 桜井の声と共に、近くの教室の扉から、数人の兵士が現れる。手に持ったアサルトライフルを、しっかりと晃に向けて。そう、これも予想出来た事だ。決心は、早くつけなければならなかった。それなのに自分は迷っていた。こんな状況で、まだ迷っていたのだ。 晃の脳裏に、言葉がよぎる。懐かしい、あの声で。 『人の事を考える余裕なんてあるわけ?』 ああ、本当に。本当にその通りだと思うよ。 晃の笑みを、最後の悪あがきだとでも思ったのか。桜井は兵士達に合図を送る。一斉に晃を撃ち殺すために。 晃は息を呑んだ。もう、迷っている暇なんてない。人の事を考えている余裕も、自分の事を考えている余裕も、何も―― 「貴方はここで死ぬのよ。早川晃」 桜井の言葉が終わる前に、イングラムの音が辺りに響いた。 衝撃の割に軽い音。 散る火花。 銃声。 歪む視界。 火薬の匂い。 体を走る熱。 痛み。 晃の前に立つ兵士の体が、ガクンと揺れて。 チャンスだと思ったのに、晃の体は、前に進まなかった。 ――失敗。その2文字が頭の中に浮かぶ。なんて事だ。自分ひとりで何とかしてみせると。何とか出来ると信じていたのに。結局は何も出来なかった……? 足の感覚も、指の感覚も無いのに、何故か意識ははっきりしていた。桜井の表情が歪んでいるのが見える。一発でも当たったのなら、儲けもの。あとはきっと。きっと仁達が何とかしてくれる。大丈夫。自分がした事は、間違いじゃない…… 「撃つのをやめなさい」 桜井はそう言って、兵士達を制した。晃が撃ったイングラムの弾に当たったのか、兵士の一人――橋本という名前らしい――が腕から血を流しながらライフルを乱射している。その弾に当たって、何人かの兵士がうめく。桜井の声すら聞こえていないようだった。 「パニックになりやすいのは、貴方の欠点ね」 溜息交じりに呟き、桜井は晃に近付く。他の兵士達がパニックに陥った橋本を抑えている間に。そして、語りかけるように言葉をつむいだ。 「素直に“プログラム”に参加していたなら、生き残るチャンスだってあったはずよ?」 貴方ほどの行動力なら、と桜井は言って、赤い血の海に沈む晃に手を伸ばす。原形を留めているとは決して言えないその姿。それでも、瞳だけはしっかりと見開いていて。桜井は思わず苦笑した。 それが最後まで諦めないという、貴方の意思というわけね。 「桜井さん、怪我を――」 兵士の一人――鈴木という名前で、桜井を尊敬している――が、桜井の腹部が赤く染まっているのに気付き、声をかける。それが、晃に撃たれたものかどうかは分からなかった。鈴木自身も、晃にやられたものか、橋本にやられたのか、それとも他の流れ弾に当たったものか分からないが、肩に傷を負っていた。かすり傷程度のものではあるが、多少は痛む。 「あぁ、平気よ」 桜井は腹部に手をやって、晃から離れる。手にいくらか血がついていたが、それが自分のものか、それとも今触れた晃のものであるかは、桜井自身にも分からなかった。 「鉛玉のひとつやふたつ、子供を産む時の痛みに比べれば、何てこと無いわ」 「……産んだ事あるんですか?」 桜井に子供がいる話は聞いた事が無かった。いや、ここにいる政府の人間のプライベートなど、何一つ知らないのだが。けれど桜井の口からそんな言葉が出てくる事が意外で、鈴木はつい尋ねてしまった。 「物の例えよ」 桜井の言葉に、しまった、というように口を抑えて、鈴木は頭を下げる。 「失礼しました!」 機嫌を損ねてしまったかもしれないと思った。 そんな事に興味は無いのか、桜井は何も言わず、コンピュータ室のドアを開ける。中にはたくさんのパソコン。そして、この“プログラム”に参加している子供達の居場所を示す赤い点が光る画面。 「……無謀だったわね」 一人でここに乗り込んでくるなど。居場所が分かってしまうのだから、襲撃などと考える事自体が間違いだったのだ。それでも自分達を襲ってきた晃の行動。それは勇気と言えるだろうか? 「桜井さん、早川はどうしますか」 鈴木は血の海に沈む晃を見ながら尋ねた。 「放って置いて。もう死んでいるから」 そう答えて、コンピュータ室に入る。鈴木の方を振り返りもせずに、桜井はここへ運び込ませたソファーに身を沈めた。それからゆっくりと、目を閉じる。 ――早川晃。彼にこんな決心をさせた原因など、知る事は無かったし、興味も無かった。 「本部に連絡をとって。怪我人を送り返すわ」 君を、守りたいと思った。失いたくないと思った。仲良くも無かった君を。ろくに話した事さえなかった君を。何も知らないくせにと、君は言うから。何で私に構うのかと、君は尋ねるから。興味があるからと、俺は答えた。 多分、好きになりかけていた感情。これ以上、発展する事なんてなくなってしまった想い。多分好きだった。多分、大切だった。だから前に、進めたんだと思う。 君を守りたかった。それは、俺のわがままだから。君のためなんかじゃない。自分のために、俺は君を守りたかった。それは単なる自己満足。 最後まで、その想いを口にする事はなかったけれど―― 【残り18人】 |