寺元仁(男子7番)は、すぐに彼女の方を見た。そう。たった今、桜井に名前を呼ばれた、原田梢(女子7番)を。出席番号が同じな事もあり、仁は彼女とは仲が良い方だった。それでなくても、保崎直人(男子9番)の幼なじみでもある梢は、親友の瀬田遥(女子3番)と共に、自分達と一緒にいる事が多かったのだから。仁は梢に対して恋愛感情こそ抱いていないものの、その可愛さは誰もが認めていたし、その明るい性格は多くの人を惹きつけたものだった。

 梢は名前を呼ばれた瞬間に、ビクッと体を震わせて、目を見開いた。

「原田梢、出て来なさい」

 桜井の声に、梢はのろのろと席を立った。教室内のほとんどが、梢に目をやっていたが、注目されている事すら、梢は気付かない。頭の中は真っ白で、何が起こっているのかも分からないまま、ただ、目は担任だったはずの本藤を捕らえていた。自分の身に降りかかった事。本藤はどんな思いで死んでいったのだろう。

 何度かつまずきながら前に出ると、兵士の手から乱暴に黒いデイパックを渡された。よろめきながらもそれを受けとり、梢は何とか立っている。

「地図は――無くても分かるでしょう」

 桜井の言葉に、人形のように頷く梢。何も考えられなかった。

 叫びだしたい気持ちと、泣き出したい気持ちと、走り出したい気持ち。

 全てが恐怖で覆われて、狂ってしまいそうだったから、頭が考える事を拒否したのかもしれない。

「原田から始めて、出席番号順に男女交互に出て行ってもらうから」

 自分の後から出発して行く生徒達と、殺し合いを命じられた――

 梢は大きく深呼吸して、ゆっくりと歩き出した。手に持ったデイパックは、実際の重さよりも重く感じたし、足はなかなか動いてくれなかったけれど。それでも、歩いた。

 教室の扉から出て行く時、梢が少し振り返ったような気がしたが、仁の目には入らなかった。何故なら、仁は次に出て行くはずの人物の行動が気になっていたからだ。

「――男子8番、早川晃」

 桜井の声に、晃は仁の目の前でスッと立ち上がり、まっすぐ教卓に向かって行った。仁は、その行動の一つ一つを見逃さないように、じっと彼を見つめている。晃が何か行動を起こすつもりなら、自分も協力しようと思っていた。

 梢と同じように、晃にも黒いデイパックが手渡される。ズシッと重いその感覚に、晃は一瞬目を閉じて、ゆっくりと振り返った。

 どこか、意思の光を感じさせる晃の瞳に、クラス内全員の姿が映る。

 誰と目を合わせるでもなく、全員を瞳に映したまま、晃はじっと立ち尽くしていた。

 しばらくそうした後、桜井が時間を促すように晃に声をかける。

「早川――」

「先に言っておく」

 晃の言葉は、桜井に向けられたものではなかった。何かを言おうとする晃に、兵士達はライフルの先を向けたけれど、桜井はそれを制する。まるで、言いたい事があるなら今のうちに言っておきなさいとでも言うように。

 教室内の生徒達は、晃の言葉を待っていた。特に仁は、すぐに立ち上がれるように準備している。晃が自分の方を見なくても、仁には分かると思っていた。

 晃の気持ちも。しようとしている事も。

 だから――

「俺は、“やる気”だ」

 晃はまっすぐクラスメイトを見ながら、そう宣言した。

「ここを出た瞬間から、目に付いた奴は全て殺す。せいぜい、俺に見つからないように逃げるんだな」

 ――頭の中が真っ白になった。

 そんな表現をよく見かけるけれど、本当にそんな体験を自分がするとは思わなかった。

 衝撃的な、晃の言葉。

 仁は、信じられないという風に晃を見ていた。どんな言葉も口から出て行きはしなくて。ただ、一人教室を出て行く晃の姿を見つめていた。最後まで、自分と目を合わせようとはしなかった、晃を。

「女子8番、檜山真澄」

 桜井の声が、またクラスメイトの名を呼ぶ。それでも、仁にはまるで聞こえていないようだった。それほどにショックだったのだ。小学校からの親友である、晃の言葉。声に出さなくても分かり合えると信じていた、親友の気持ち。

 このプログラムに乗ると。俺はやる気だと、そう言った彼の――

「男子9番、保崎直人」

 仁は、友達の名前ではっとしたように我に返る。

(直人――!)

 保崎直人は、仁にとっても信用の出来る男だった。あの、冷めた性格の北村真人(男子5番)の親友でもある彼は、ぱっと見優男風ではあったけれど、その明るさも優しさも、仁はとても好きだったから。

 直人は、梢や晃と同じようにデイパックを受け取ると、ちらっと振り返り、仁に向かって微笑んだ。彼特有の、誰もがなごむようなあの笑みで、仁は少しだけ、気分が落ち着いたように思えた。

 仁がカッとなりやすい事は、直人も知っている。それは、近くにいればすぐ分かることだし、仁の感情表現の豊かさは、真人にも見習わせたいくらいであったから。そんな仁を落ち着けるのは、たいてい直人の仕事だった。真人はいつも何もしようとしないし、晃は仁を見て面白がっているし。いつの間にか直人になだめられている自分が、仁は嫌いではなかった。あの真人と仲良くやっていけるだけの事はあると、感心した事もある。直人は、凄い奴なのだ。もちろん、同じような気持ちを、仁は晃や真人にも抱いていた。

 だから、なんとしてでも。

 ――そう、プログラムは始まってしまったけれど、自分はそれには乗らない。晃が乗ると言うのなら、どうにかしてそれを止めてみせる。それが彼の親友である自分のするべき事であり、したい事だ。晃には誰も殺させはしない。傷付けさせはしない。

 

 例え、自分が彼を傷付ける事になったとしても……

 

 

【残り20人】

 



BACK←     TOP     →NEXT