自らつけた金属製の首輪は、しばらくすると体温になじんだのか、ひやりとした感覚が無くなり、息苦しさだけが残った。赤坂浩太(男子1番)は、その息苦しさに耐えられないのか、何度か首輪に手をやる。しかし、すぐに桜井が視界に入って、恐ろしさのあまり手を引っ込めた。何せ浩太は、一番近くで、この女が担任を殺す所を見てしまったのだから。

 恐ろしさのあまりさっさと首輪をつけた石塚弘之(男子2番)は、叫び出しそうになりながら、必死で口を抑えていた。騒ぐ事が自分の命に関わる事だと、分かっていたのだ。

 全員が首輪をつけたのを見届けると、桜井は説明を続けた。

「今回のプログラムの範囲は、貴方達の住むこの町です。北側は、この学校のある山まで。東は、学校のすぐ側にあるトンネル出口まで。西はすぐそこの川まで。川を越えた所から、範囲外となるから、気をつけるように。それから、南は大きな橋のある道までよ。それ以外は全部範囲外。そこから出れば、死ぬ事になるから、ちゃんと覚えておくように」

 この町は、この学校のある北の山、西側の山、東側の山に囲まれた田舎である。東側の山を越える方法は、山を登るかトンネルをくぐるしかないのだが、東側の山を越えることは許されてはいないらしい。西側の山に至っては、山の前に川があり、そこまでが範囲だという事だから、行く事すら許されていないらしい。

(……にしても、狭い範囲だな……)

 大川聡史(男子3番)は、そう思いながら窓の外を見た。この窓から見える範囲くらいが、この“プログラム”の範囲なのだろう。南側の大きな橋のある道は、東西にまっすぐ伸びていて、ここからその道までは、1キロあるかないかという距離だったはずだ。東西の範囲に至っては、ほとんど畑と水田しかない。東側の山が、主な行動範囲になりそうだった。

(あとは、民家か……)

 聡史は、何故か冷静に物事を考えている自分に、少しだけ驚きながら、もう一度窓の外を見る。学校の山のふもとには、町役場があるし、その近くには小さな病院。この辺に民家は少ないが、一面に広がる水田を越せば、たしか家はあったはずだ。そう考えたとき、桜井が再び口を開いた。

「それから、民家の中は立ち入り禁止だから、命が惜しかったら入らない方が良いと思うわよ」

 どうやら、どうあっても行動範囲をせばめたいらしい。

 ――それにしても、と聡史は思う。

 自分がここまで冷静に物事を考えられる人間だったとは知らなかった。原田梢(女子7番)や、山本祥子(女子9番)なんかは、泣き叫びそうになっているらしく、体が震えているというのに。そして、戸津川麻里(女子5番)も……

「先生」

 そこで、早川晃(男子8番)が手を上げた。この桜井という女を、早くも先生と呼べる辺り、彼の順応性を感じる。自分には出来ない事だと、聡史は思った。

「何か?」

 桜井はそう言って、晃を見た。優しそうに微笑む姿が、演技だという事にすぐ気付いて、聡はぞっとする。おそらく30代の女性である桜井が、今まで一体どういう生き方をしてきたのか。興味はなかったが、どうしたらこんな事が出来る大人になれるのか、不思議には思った。

「どこまでを民家と認めるのか、教えてもらえませんか」

 冷静な晃の言葉に、聡史ははっとした。そういえば、民家の庭には物置や、納屋があったりもする。広い庭や、駐車場なんかも民家とされるなら、行動範囲はかなり狭くなるだろう。

「一般の人々の家。それが民家よ。人が生活できる家を、民家とします」

 それはつまり、普段家として使っている所を言うのだろう。という事は、病院や役場は平気だということだ。それなら何とかなるかもしれない。

「他には何か?」

 桜井が、晃を見つめて、質問を促す。あんな目で見つめられたら、きっと何も言えなくなるな、と聡史は思った。ところが、桜井の視線にも負けずに、晃は言った。

「それと、もう一つ。山は?山はどこまでが範囲ですか?」

「そうね。越えるまでよ。大丈夫。ちゃんと有刺鉄線が張り巡らせてあるから」

 まるで危険動物だな。と、聡史は思い、ふと、気になる事を思い出した。それを質問する事は凄く勇気のいる事のような気がしたが、気になってしまったからには仕方ない。そして、それはとても重要な事なのだ。

 聡史は、ゆっくり手をあげた。

「何か?」

 桜井の視線がこちらを向いて、嫌な汗が流れるようだった。この視線に耐え、平然と質問をし続けた晃に尊敬しながら、聡史は言葉をつむぐ。

「俺達の、親は」

 そこまで言うのが、精一杯で。

 ここでプログラムを行うと言うのなら、住民達はどこへ行ったのかと、そう訊きたかったのだが。

 桜井はその一言で察してくれたのか、また、不自然な笑みを浮かべた。

「あなた達が学校にいる間に、出て行ってもらいました」

 ……それ以上は、怖くて訊けなかった。

「他にもルールがあるから、よく聞くように」

 他の質問は受け付けないつもりなのか、時間がないのか。桜井は“ルール説明”を続ける。

「このプログラムに、特に制限時間はないけれど、1日――24時間、死亡者が出なかった場合は、その場でプログラム終了。全員死んでもらいます」

 ごくりと、唾を飲む音が聞こえた気がした。

「それから、死亡者報告は放送で行います。3時間毎。1日8回ね。まぁ、8回も放送を聞くほど、長引かないとは思うけれど」

 桜井の言葉を、聡史は鼻で笑いそうになった。誰も殺し合いをしなければ、少なくとも1日は生き延びられるのだから。1日に8回もこの女の声を聞かなければいけないのは苦痛だったが、それも生きている証なのかもしれないと思った。

「これから食料と水、武器の配布を行います。あぁ、この町の水道は止まっているから、そのつもりで」

 武器という言葉に、教室内に妙な空気が流れた気がした。その“武器”とやらを使って、ここにいるクラスメイトと、殺し合いをさせられるのだ。ここから逃げられたら、どんなに楽だろう。聡史は天井を仰いだ。あぁ、そうか。あの黒いデイパックが、その武器が入った袋なのだ。

「一人ずつ、2分おきの間隔で教室から出て行ってもらうけれど、全員が出発した20分後には、この学校は立ち入り禁止となります。校庭も駄目だから、すばやく出て行くように。命が惜しいならね」

 またか。先ほどから、その言葉ばかり聞いている気がして、聡史は気分が悪かった。それはきっと、他の皆もそうだろう。

「貴方達の居場所は、その首輪で分かるようになっています。死んだかどうかもね」

 誰がいつ死んだかなど、どうやって調べるのかと思ったら、そういう理由らしい。小さな黒い袋をガサゴソやっている桜井を、視線の端に置いて、聡史は忌々しそうに首輪に触れた。

「あぁ、それから」

 思い出したように、桜井が顔をあげる。

「何度か、禁止範囲の事を言ったと思うけど、どうなるかは話していなかったわよね。こちらの指定した範囲を越えた場合。立ち入り禁止内に入った場合。誰も死なないまま、24時間が経過した場合」

 指折り数えながら、桜井は言った。

「その首輪が、爆発します」

 それは、なんて事無いように言われた言葉だった。実際、桜井にとっては取るに足らない事なのかもしれない。それでも、聡史は目の前が真っ暗になる思いだった。何て事だろう。自らの命を守るためにつけたこの首輪は、自分の命を奪う確率の一番高い物なのだ。きっと教室内の誰もが、この首輪をつけた事を後悔している。もし最初に知っていたならば、決して付けはしなかったのに――

 桜井が、黒い袋から取り出した紙を見て、最初に出発する者の名を呼んだ。

 

「女子7番。原田梢」

 

 

【残り20人】

 



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